吉本興業に所属し芸人2年目のひでかさんは、サッカーで海外4か国に合計7年間にわたって滞在し、全米大会優勝の経験を持つ元アスリート。選手を引退するとお笑い界の扉を叩き、芸人という立場から女子サッカー界を見据える。類を見ない彼女の生き方から、セカンドキャリアの切り拓き方について伺った。

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お笑いは、答えがないものへの挑戦

女子サッカー選手からお笑い芸人というキャリアは珍しい。では、なぜひでかさんはその道を選んだのか。これについて、津日のように話してくれた。

「中学校からサッカーを始めて25歳で引退を考えたとき、思い当たる職業を紙に書き連ねました。その中から、やりたいこととやりたくないことに分けていったんです。元々チームではムードメーカー的な存在で、自分を表現するのが好きだから、自分が母体となって何かを発信したいという考えはありました。歌手とか、絵描きさんとか、クリエイティブはマストだって。色々と出てきた中で、お笑いが最後に残った感じですね。

表現という軸から将来を考えたとき、最後に残ったというお笑い。実は小さい頃からなりたいなという漠然とした思いはあり、小学校6年生の夢のノートには将来の夢として『芸人』と書いていたという。

「決め手は、自分の中で『おもんない』って言われるのが一番燃えると思ったことです。ブスとかデブとか言われるのは大丈夫なのに、『おもんない』って言われるのは腹が立つ。そこまで自分がこだわれるものを、ちゃんと学びたいと思いました。好きなことで、プロとして自分がどこまで通用するか、挑戦したいと決意したんです。自分は目立ちたがり屋なんですけど、お笑いは一番遠い世界だと思ってるんですよ。身内笑いが通用しないし、どこまでいっても絶対に満足いかないのがわかっているから、内心とても怖いです。でもそれが、私にとっての面白さなんですよね。終わりがないのも、答えがないのも面白い。実際やってみても全然できないけど、やっぱりお笑いが好き。ここだけは、絶対に譲りたくないと思っています。」

肩書きがなくなったときに必要なのは“一人で生き抜く力”

ひでかさんによれば、7年におよぶ海外での経験の中でもっとも感じたのは、誰も助けてくれないことだったとのこと。日本と比べた違いなど、具体的なエピソードと共に教えてくれた。

「お金も英語力も、何もないまま一人で海外に行きました。何百枚も履歴書を作ってアルバイトを探したりチームを探したり、ビザも自分で取得したんです。海外の人はフレンドリーなんですが、自らわからないことを聞かないと、日本人みたいに世話は焼いてくれません。そのため、まず自分で考え、行動することの大切さを学びました。また、日本のチームでは『走れ』『アイシングしろ』『朝練に来い』など、何でも指示を出されますよね。でも、海外ではまったく言われないんです。サボろうが何しようが自由。みんな、SNSで見てるだけなら楽しそうって言いますけどね。ただ、所属するチームも立場も、いつ自分が失うかわからない状況で自由であるということは、ある意味で厳しい環境ではないでしょうか。」

日本では考えられないことだが、なんど二日酔いで来る選手もいるのだとか。それでも試合に出してもらえることが、ひでかさんは本質だと考えている。そもそも「出してもらえている」というマインドが間違っており、海外は結果主義なため、お酒を飲もうが何だろうが勝つためのメンバーを出すという意識なのだ。そういった海外経験を通して、ひでかさんから日本の女子サッカーはどのように映っているのだろうか。

「日本はみんな、与えられたものを疑わないという印象です。日本は恵まれているので、チームメイトがいて、スポンサーがいて、試合の日程も決まっている。でも、それは当たり前のことではないんですよね。例えばユニフォームのロゴを一枚つけるのに、どれだけ大人が動いて汗かいているのか、もっと知っても良いかなと思います。スポンサーだって自分で集めたり、企画を提案するとか周りを巻き込んだりするのも良いんじゃないでしょうか。」

選手という肩書きがなくなったとき、自分の人生を選べるのは自分だけ。誰も助けてくれないという個人の危機感と、一人で生き抜く力がもう少し増えればと、ひでかさんは話す。

自分からサッカーを引いて気がつく、新たな選択肢

現在、ひでかさんはお笑い芸人という立場から、現役女子サッカー選手に向けた活動も行っている。無料英会話レッスンやサッカーイベントのMC、セカンドキャリア講義など。全国の女子中高生のサッカーチームを回って、海外経験で得たものを伝えていく『ひでかの授業』も活動の一つだ。

「みんなが“右向け右”の中で、左を向きたい人間はあまりいません。だから、そこに自分という存在が入ることでかき乱してるというか、選手を引退したときの選択肢を1つでも多く作れたらと思い活動しています。それを面白がってくれるか、あるいは煙たがるかはあなた次第というスタンス。私の話を鵜吞みにせず、聞かなくたって良いということは伝えますね。その上でよく伝えているのは、自分からサッカーを引いたら何が残るのか。この部分がわからない人が多いんです。それは、サッカーやスポンサーに甘えているからではないでしょうか。でも、みんながこれに答えられるようになったら、選べる幅が広がって引退後もよりハッピーで生きられる人が増えると思っています。」

女子サッカーと言ったら、芸人なのに自分が思い浮かんでしまう。そんな状態が目標だというひでかさんは、「女子サッカーに関しては私に任せろ」と言えるようになりたいという。そうやって自分が売れてインフルエンサーになったら、お笑いを見た人が女子サッカーに興味を持ったり、サッカーの人たちがお笑いを見てくれたり。そんな、架け橋のような存在になりたいのだと教えてくれた。

「行動を起こさないのは、例えば会社に怒られるからとか、みんながそうだからとか、ベンチだからとかだと思うんですよね。でも、ベンチだからできることもいっぱいあるだろうって。嫌なことはひっくり返せば良いし、人生をネタ探しだと思えば何でもできるんですよ。恐怖心も取れるし、何でもプラスに持っていける。お笑いって、やる前は怖いんですけど、1回スベったらもう100回も一緒なんですね。だったら私は挑戦せんでスベらないより、100回スベってネタにしたい。そういう姿を通して、『ひでかがあんなことしてるから、自分にもできるかも』なんて思って欲しいです。」

過去に例を見ない道を選ぶことは、簡単なことではない。それでも自分が好きだと思ったことに対して、どんなに怖くてもごまかさない潔さと“ネタ探し”という言葉でポジティブに変換する思考を持ち、ひでかさんは前に進む。そんな彼女が切り拓く道は、今後女子サッカー界の一つの選択肢になるのかもしれない。

ひでか

中学入学時に、GKとして女子サッカーを始める。高校卒業後は、アメリカへサッカー留学。2年生の時に全米大会で優勝。その後、4年大学へ編入。大学卒業後は、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドを渡りクラブチームに計3年間所属。2017年9月に引退&日本帰国し、2019年4月にNSC大阪42期生として入学。現在、お笑い芸人として多方面に活躍中。

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By 伊藤 千梅 (いとう ちうめ)

元女子サッカー選手・なでしこリーガー。現役中はnoteでの活動を中心に発信。引退後はFCふじざくら山梨のマッチレポートの執筆を行う。現在はフリーライターとして活動中。