スポーツの世界では競技を問わず、セカンドキャリアの問題が広く取り上げられる。例えば「現役引退後に何をすれば良いのか分からない」など、引退後のキャリアに迷う選手は多いのが現状だ。そんな中、元プロサッカー選手からカメラマンという、珍しいキャリアを歩んでいる人がいる。それが、女子サッカー界のトップリーグに属するアルビレックス新潟レディースでプレー後、2年間スペインでプロサッカー選手として活躍した福村香奈絵さんだ。

「引退を決めた理由は直感です」と話す福村さんは、2021年7月に自身のnoteで引退を報告。その後、25歳という若さで唐突に選手として第一線から退いた。引退後はそのままカメラマンとしての活動を始めており、キャリアとしてのタイムラグが見当たらない。なぜ、彼女は自身の道をそこまで決め切ることができるのか。そして、その先にどんな未来を描いているのか。福村さん本人に、スポーツ界全体に通じる“自分の人生の捉え方について伺った。

18年間続けてきたサッカーは“付加価値

小学生3年生の頃からサッカーを始めた福村さんは、最初フィールドプレーヤーとして活動していた。キーパーというポジションを始めたのは5年生の頃。同学年のキーパーがいなくなったことがきっかけで、やってみようと思ったという。

1つ上の学年に上手なキーパーがいて、かっこ良かったからやってみたいと言いました。他のポジションと比べて怖い…という感情は、特になかったです。フィールドでも相手とぶつかるし、ボールは飛んでくる。一緒でしょ?と思います。」

中学校でもサッカーを続け、高校では全国有数の強豪校・常盤木学園サッカー部に入部。勝つことは当たり前、全国制覇当たり前の“負けちゃいけない”状況だった。サッカー自体が楽しかったかと聞かれると、福村さんは首を傾げる。しかし、それでもキーパーはずっと楽しかったと答えた。

「受け身なところも、自分の性格に合っていたと思います。自分は身長が高くないし、身体能力も高くありません。だから、どうしても頭を使わないと戦えなかった。先を読んでパズルのように考えたり、チームメイトと戦術を考えて話したりするのが楽しかったです。ゲーム感覚で駆け引きしていました。」

その後、当時のなでしこリーグ1部(現在:WEリーグ)に属するアルビレックス新潟レディースに移籍。そこで5年間プレーした後、スペインリーグに挑戦している。

「もともとアルビレックス新潟レディースを退団するときに、サッカーはやめようと思っていました。でも友人から海外に行ったらどうかと言われ、その選択肢もあるなと気づかされたんです。」

チームを探しつつ、どこにも所属することができなければ競技をやめ、ただ海外に行くつもりだったという福村さん。プロでプレーするとはっきり決意したのは、高校時代の恩師である阿部先生に話したときだった。

「『そんな軽い気持ちで行って、どこか引っかかると思っていたら大間違いだぞ』と厳しい言葉をいただいたとき、確かにと思いました。それならば、プロとしてサッカーしに海外へ行こうと考えたんです。なんだかんだプロは憧れだったし、自分が通用するのか知りたくもなったのもあります。これまでサッカーでお金をもらえる状況が、日本ではほとんどなかった。一度引退まで考えた自分は、海外で働いてまでサッカーする意味は見い出せませんでした。だから、自分の力がプロとして足りないのならやめようと覚悟を決めたんです。あとはもう、やってみなきゃわからないな…と。」

そうして日本を飛び出した福村さんは、スペインの2部リーグのチームと見事にプロ契約を交わした。結果を残さなければすぐクビになる厳しい世界でコンスタントに結果を残すと、1年で別のチームに移籍。2年目のシーズンが終わる頃、他チームからスカウトされたり、日本から新しく発足したWEリーグのチームにオファーを受けたりしたが、すべて断った上で引退を決断している。

そんな福村さんにとって、サッカーとは一体何だったのか。そもそもサッカーを“自分の人生そのものなんて思っておらず、さらに自分のすべてでもなければ、一部ともとらえていない。

「現役時代に自分にとってサッカーとは何かと聞かれたとき、まず自分にとって人生ではないなと思いました。今は、サッカーは“付加価値”という言葉を使っています。+αでしかなく、これが1つなくなろうが、自分は自分のまま存在しているという考え方です。この付加価値が、サッカー以外でも沢山あればあるほどいいなと思っています。」

では福村さんにとって、サッカーはどんな付加価値なのか。これについては、次のように語ってくれた。

「サッカーそのものの価値や、自分にとっての意味づけはいくつかあります。でも、一番大きく感じているのは“人との繋がりです。もちろんサッカーをやってなかったら、他に道があったとは思います。しかし一方、サッカーがあったからこそ知り合えた人、サッカーしていなければ出会えなかった人たちが大勢いる。私は人と縁を大切にしているので、サッカーで繋がれた人がたくさんいることが、今の自分にとっての1番の価値です。」

重要なのは、過去ではなく今やっていること

そんな現役時代を歩んだ福村さん。18年間も続けていた競技をやめることは、他の競技者からすると大きな決断となり得るだろう。しかし、彼女にとってそうではない。引退を決めた理由も、直感だと福村さんは答える。

2年目のリーグが終わる頃、翌年のことを考えました。そのとき、どうしても自分の中で、サッカーをプレーしている姿が見えなかったんです。イメージができなさ過ぎて、そういうことなんだろうな…って思いました。」

直感的に感じても、それに従って行動するのは勇気がいることだ。それでも自分を信じ切れたのは、これまでの決断においてもそれを大切にしてきたという場数と、結果に対する恐れの少なさが関係する。

「過去、悩んで結局やめたとき、直感に従っておけば良かったと感じた経験がありました。それからは、迷わないようにしています。もし失敗しても引き出しになるし、その決断がどう転ぼうが、どちらにしても行動しなければ結果は分かりません。行動せずに結果を知らないより、行動して成功なのか失敗なのか知ることの方が自分にとっては大切なんです。悩む時間がもったいない。その時間を使えば何か他のことができたのかもしれないし、その失敗を活かせたかもしれない。つまりは、やるかやらないかだけだと思っています。」

引退を決めたタイミングについて伺うと、サッカーを続ける想像がつかなくなったとき、どこかで気持ちがカメラに向いていたのだろうと少し考えながら答えた。

「いつの間にか、カメラにのめりこんでいた感じですね。生きていく中でいつかはやりたいと思っていて、それが偶然サッカーをやめるタイミングで切り替わっただけ。自分にとって重要なのは切り替わったタイミングではないので、正直いつからと聞かれても分かりません。“今やっていることが重要なんです。」

そんな福村さんは、周りから見るとセカンドキャリアを歩んでいるように思えるかもしれない。しかし自分自身にとって、その言葉自体もしっくりきていないと言う。

「セカンドキャリアという言葉は、自分には当てはまらないと思います。サッカー選手にとってはサッカーが人生そのものだと思われるかもしれないけど、自分にとってそうではありませんでした。自分自身がさまざまな選択肢の中で、サッカーを中心にしてきただけ。他にも色んな経験をしています。例えば第一の人生はサッカー、第二の人生はカメラマンという区切り方が、そもそもないんです。」

「あなたが選ぶ、あなたの姿」を写したい

なぜ、福村さんはカメラマンという選択肢を取ったのか。その理由について聞くと、あっさり次のように答えてくれた。

「カメラが好きだから。カメラは特別な瞬間を残せるんです。残した瞬間を見て、喜んでもらうことが嬉しいですね。」

引退後にどうしていきたいのか。そう考えたときにカメラマンという考えが出てきた背景には、実際にその職業の方と一緒にいる機会が増えたことも影響している。スペイン1年目のチームメイトから、スポーツカメラマンの小中村政一さんと動画クリエイターの岸本純さんを紹介してもらった福村さん。日本に帰ってきたタイミングで、現場にも遊びに行っていたという。そこでカメラマンの姿を目の前で見たとき、ただ漠然と好きだったカメラが自身の選択肢の1つになったのだ。

また、撮っていく過程ではなく、写真を撮られていく中で感じた想いも関係している。現役時代、納得のいかない写真がSNSなどに使われることが多かったと福村さんは呟いた。

「もっと良い写真ないのかな?と思うことはありました。また、自分はその人の性格を知っていたり、選手として距離が近かったりというのもあるけど、この選手はこういう風に撮ってもらったら嬉しいだろうと感じたり、自分ならその人に合う雰囲気で撮れるのにと密かに思ったりしたこともあります。」

これまで海外でプロ選手として活動してきた福村さんは、日本と海外とのギャップも肌で感じている。選手としてこれまでサッカーにお世話になってるからこそ、カメラを通してそこに恩返ししたいと語ってくれた。

「アメリカやヨーロッパの試合に行く、男女とも子どもがすごくキラキラした目でサインを求めてきたり、話しかけてくれたりするんです。また海外では、女子の試合で7万枚のチケットを販売することがある。現実としてそうなってるから、日本でできないことなんてないと思うんです。中にいたからこそ、日本の女子サッカー界も本当に良い選手ばかりだと知っています。自分は、それを発信することで裏から支えたい。それが理想だけで終わるのか本当に実現できるのか、自分一人の力だけではどうにもできないかもしれません。でも、誰かがやらなければ変わらないと思います。10年後や20年後にWEリーガーを目指す子どもたちのために、今プレーしている選手も一緒に行動してほしい。そして自分が写すものが、新しい世代の子どもたちにとって憧れであってほしいと思っています。」

そしてこれから、福村さんの写す世界はサッカーだけに留まらない。今の時代、多様性と言うのであれば、より個人を見るべきだと話す。

「例えば海外では相手の交際について質問するとき、『彼氏はいるの?』ではなく『パートナーはいるの?』と聞きます。元からある型に当てはめるのではなく、『あなたはどうなの? 』と聞くんです。最近は社会的にLGBTQ+という言葉が広まり、認知されているのは素晴らしいことだと思います。でも、知らない人にとって便利な言葉かもしれないけど、その人自身を見れば、そんな括りすら必要なくなるんじゃないでしょうか。それを写真で表現するのであれば、女の人がカッコ良く写るのも、男の人が可愛く写るのもそう。女の人同士のパートナーも男女のカップルも、あるいは男性同士のカップルも写したい。それが有名な著名人でも一般人でも関係なく、あるいは社会人と学生、おじいちゃんとおばあちゃんだって関係ありません。その人の『こういう人間でありたい』『こういう生き方をしていたい』と思う、そのままを写していきたいです。この写真が自分にとって素敵だと思ってもらえるような写真を撮り、その瞬間を切り取りたい。そういうことを、日常の中で写せたらベストなのかなと思います。」

プロサッカー選手だった頃も、カメラマンになった現在も。その仕事が何であれ、ただ自分の目の前にいる人に喜んでもらうために福村さんは行動する。

「自分がどうありたいのか」を自分自身に問いかけ、答えを出し続けてきた福村さん。サッカー選手を引退した現在、今度は一人一人が自分の気持ちに素直になる瞬間を切り取っていくことで、今度は相手の「自分はどうありたいのか」を導くカメラマンになっていくのだろう。

▼福村さん撮影写真

 

福村香奈絵(ふくむらかなえ)

1995年12月14日生まれ。小学3年生からサッカーを始め、5年生でキーパーに転向。常盤木学園高等学校を卒業後、当時のなでしこリーグ1部アルビレックス新潟レディースに5年間所属。その後スペインのチームへ移籍し、プロサッカー選手として活動した。2021年に引退し、現在はフリーカメラマンとして活動中。

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[著者プロフィール]

伊藤 千梅(いとう ちうめ)

元女子サッカー選手・なでしこリーガー。現役中はnoteでの活動を中心に発信。引退後はFCふじざくら山梨のマッチレポートの執筆を行う。現在はフリーライターとして活動中。

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