私はこれまで、長短さまざまな距離のランニングレースに参加してきた。特にフルマラソン以上の長距離を走るような場合、給水を受けるエイドステーションの数や充実度はレースを選ぶ際に重要なポイントだった。他に水分補給の選択肢がないトレイルランでは尚更である。しかし、これはよく考えてみるとおかしな話かもしれない。エイドステーションに頼らず、自分で水が入ったボトルを持って走れば良いだけのことだからだ。実際、レースではなく一人で走るときはそうしている。

ランニングに水分を携行するためには、いくつかの方法がある。具体的にはペットボトルを手に握る、腰に巻いたベルトに差し込む、またはハイドレーション・パックなどを背負うなどといったも。そのためのグッズも世間には充実している。エイドステーションがあることを、参加するレースを決めている方は多いかもしれない。しかし、それはコップ何杯かの水と引き換えに、ときには1万円以上にもなる参加費を払っているということになりはしないだろうか。自ら水分を携行する最適な方法が分かれば、レースの選択肢が広がるかもしれない。

目次

ランニング・エコノミーの効率が良い水分携行の方法とは

前述した水分携行の方法の中で、どれがもっともランニング・エコノミーに効率の良い方法なのか。これをテーマに調査した研究(*1)がある。

*1. The Optimal Weight Carriage System for Runners: Comparison Between Handheld Water Bottles, Waist Belts, and Backpacks 

スペイン国立通信教育大学のVolker Scheer博士らを中心とした研究チームは、12人の被験者ランナーを対象に研究を行った。平均の年齢は22歳、BMI数値は24.5VO2max数値は50.4とあるから、対象は中級者程度の市民ランナーたちのようだ。

ランナーはトレッドミルで1時間走る実験を4回実施。最初の回は何も持たず、次からの3回は「水のペットボトルを手に握る」「腰に巻いたベルトに差し込む」「バックパックで背負う」という形で、異なる水分携行の方法を取って走った。水の量は1リットル、重量1kgである。

それぞれの回におけるランニング・エコノミーは、心拍数、主観的な疲労度、酸素消費量、そしてエネルギー消費量を計測して算出。結論は拍子抜けするものだった。なんと、「どの水分携行の方法を取っても、ランニング・エコノミーには大した違いは生じない」である。

ランニング・エコノミー以外の考察

この研究の客観的な信頼性には限界がある。サンプル数が極めて少ないこともそうであるし、屋内でのトレッドミル走では天候要因が除外されるうえ、路面の状況やコースの起伏によって生じる影響も再現できない。1時間という時間制限にも、実効性への疑問は残るだろう。そもそも1時間程度なら、水分携行の必要性はさほど高くないからだ。

私自身の経験から述べると、まずボトルを手に握る方法は個人的に問題外である。例えばトレイルランでは転倒することがあるし、険しい斜面で手を使ってよじ登るような局面もある。そのため、手が塞がる方法を取ることはできない。

そして腰のベルトとバックパックについては、走りやすさ自体はあまり変わらないように思う。その点では、上の研究結果と同感だ。むしろ水分も含めた全体の携行量によって、どちらかを選ぶことが多い。ベルトにはあまり多くのモノを詰め込むことはできない。1リットルのボトルを腰にぶら下げることはできないので、小さなボトルに振り分けることになる。しかし、それでも携行できる水分量には限界はあるだろう。携帯電話、食料、着替えなど他に必要な荷物が多い場合は、どうしてもバックパック方式を選ぶことになる。

結局のところ、水分を携行するベストの方法はランナーそれぞれの好みとニーズ次第ということになるだろう。ランニングは必要とする道具がとても少ないスポーツだ。しかし、それでもシューズに始まってソックスやシャツ、帽子、サングラスなど、ランニングに関するグッズの情報は溢れていて、それらに凝り始めるとキリがない。もちろん、そうしたグッズの選択にあれこれ迷うのも、ランニングの楽しみの一つだろう。ただし注意するべきは、あくまでも自分自身の経験と感覚を信じることではないだろうか。ランニングとは、優れて個人的な営みでもある。メーカーの宣伝や他人の意見を鵜吞みにすることほど、つまらないものはないと私は考えている。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。