ノバク・ジョコビッチ(テニス)、ルイス・ハミルトン(F1)、クリス・ポール(NBA)、アレックス・モーガン(サッカー)など、ビーガンあるいはベジタリアンの食事スタイルを実践する超一流アスリートは多い。しかし、スポーツ栄養学の知識が少しでもある人は、これについて首を傾げるかもしれない。たんぱく質には動物性(肉や魚など)と植物性(大豆やキノコなど)に分かれるが、筋肉を成長させるためには動物性たんぱく質の方が優れているということが、長い間常識のようになってきたからだ。

ところが、巨大な筋肉を必要とするはずのパワー系競技においても、動物性たんぱく質を一切摂取しないにもかかわらず、優れた成績を残すアスリートが現実に存在する。例えばストロングマン競技のパトリック・バブーミアン選手はその代表格の一人であり、ビーガン食の提唱者としても有名だ。

身体作りにおいて、動物性たんぱく質は本当に不可欠なのだろうか。植物性たんぱく質でも、その効果はあるのではないか。バブーミアン選手の巨大な身体と超人的なパフォーマンスを目の当たりにすれば、そうした疑問が生じるのはやむを得ない。

目次

ビーガン食と高たんぱく食で筋トレ効果を比較した研究

限られたトップアスリートではなく、一般人レベルに目を向けた研究(*1)もある。実際に筋力トレーニングを一定期間行い、その間の食事をビーガン食にする場合と動物性たんぱく質を摂取した場合とで筋肥大効果を比較したもので、2023年6月に栄養学術サイト『Journal of Nutrition』で発表された。

*1. Vegan and Omnivorous High Protein Diets Support Comparable Daily Myofibrillar Protein Synthesis Rates and Skeletal Muscle Hypertrophy in Young Adults.

この研究を主導した英国エクセター大学の研究者たちは、キノコ由来のマイコプロテインという栄養素に着目した。同国内では、クォーン(Quorn)という名で肉の代替食品として知られている。

研究は2つの段階に分けて行われた。第1段階では16人の健康な若者(男女同数、平均年齢23歳、平均BMI 23)が3日間という短いスパンで、肉食を含む通常の食事かマイコプロテインを中心とした厳格なビーガン食かのどちらかを摂取。身体代謝に関する詳細なデータを記録された。第2段階では22人の健康な若者(男女同数、平均年齢24歳、平均BMI 23)が10週間の筋力トレーニングを行い、期間中の食事をやはり肉食を含む高たんぱく質の食事かビーガン食のどちらかを摂取するグループに分けられた。

10週間の筋力トレーニング期間が終了すると、結果としてどちらの食事スタイルのグループにおいても同じような筋肥大効果があり、かつ両グループ間に有意な差は認められなかった。肉食を含む高たんぱく質の食事を摂取したグループは除脂肪体重が平均して2.6 kg増え、ビーガン食のグループは同じく3.1 kg増加。太股部分の筋肉量の増加率は両グループとも8.3%だった。ビーガン食であるマイコプロテインには、動物性たんぱく質を含む食事と同程度に筋肉を成長させる効果があると論文著者らは結論で述べている。

筆者の考察

簡単に言えば、肉を食べようがキノコを食べようが、トレーニングによって筋肉を成長させるためのたんぱく質は摂取できるということらしい。どちらの食事スタイルが優れているというわけではないが、どちらかでなくてはならないと決めつける必要もないようだ。

筆者自身は肉や魚を好むが、そうではない人が無理して食べなくても良いはずである。「身体作りには1日に○○グラムのたんぱく質が必要」といった考え方からは、もはや脱却するべきだろう。山を登るとき、山頂に辿り着くためのルートは必ずしも一つとは限らない。これと同じで、身体作りもいくつかの選択肢から、自分に合った方法を探していくべきではないだろうか。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。