運動することで、心理的なストレスが軽減されることはよく知られている。とくに、自然の中で運動を行うと精神心理学的な効果がより高くなるという結論を述べた論文(*1)を、フロリダ国際大学の教育学部に所属する研究者たちが発表した。

*1. Psychophysiological mechanisms underlying the effects of outdoor green and virtual green exercise during self-paced walking.

注目するべきことに、その自然とは必ずしも天然のものである必要はなく、バーチャルなものでも似た効果があるということだ。研究者らはその理由を脳のメカニズムに求め、自然の中での運動が脳のどの部分にどのような変化を与えるかについても、ピンポイントで特定した。

3種類の環境下で行われた、わずか400mの散歩で明らかになった事実

研究者らは自然の中で行われる運動を「Green Exercise」と定義し、それ以外の環境下で行われる運動の効果と比較した。被験者は女性17人、男性13人、平均年齢24歳のグループである。被験者たちに求められた運動とは、3つの異なった環境下で400mほどの距離を好きなペースで歩くという、ごく軽いものだ。3つの環境と運動内容とは、以下の通りである。

  • 「自然下での運動」(Green Exercise, GE): 大学キャンパス内の樹木に囲まれた自然歩道を歩く。
  • 「バーチャルな自然下での運動」(Virtual Green Exercise, VGE): 屋内のトレッドミルを歩く。但し、トレッドミルの前方にあるモニターで自然歩道を映したビデオを鑑賞しながら歩く。
  • 「非自然下での運動」(Control Group, CG): 屋内のトレッドミルを歩く。トレッドミルの前方には白い壁。

被験者たちはそれぞれの環境下での運動を、同じ回数行うことを指示された。

運動中の被験者たちは脳波を測定するためのキャップを頭部に被り、心拍数を測定するためのモニターを胸部に着用。さらに運動開始直後、半分、そして運動終了後という3つのタイミングで、主観的な精神状態や気分を質問された。観察結果から興味深いものを、以下に箇条書きで記す。

  • 「自然下での運動」と「バーチャル自然下での運動」には「非自然下での運動」よりポジティブな心理的効果が認められたが、その程度は「自然下での運動」により顕著だった。
  • 「自然下での運動」ではそれ以外の2つより歩くペースが速くなった。
  • 「自然下での運動」ではそれ以外の2つより心拍数の増加と変動が多くなった。

どうやら、人は自然の中では気持ちが良くなるだけではなく、いつもより速く歩くようになるようだ。ストレスが解消または低減され、ワクワクした気持ちになって思わず足が躍るというわけだが、同じようなことを感じる人は多いのではないだろうか。

歩く目的が持久力トレーニングであっても、あるいはダイエットであっても、同じ歩くならより速く歩く方が好ましいのは自明の理だ。そのことは、強度の高い運動を無理なく行うことを意味する。そのため、自然の中での運動には精神心理学的だけではなく、生理学的な効果もあるということになりはしないだろうか。

筆者自身はアウトドア派のランナーだ。屋内より屋外を走ることを好むし、ロードよりはトレイルランを好む。何か特別な事情がない限り、ジムに行ってもトレッドミルで走ることはない。自然の中で走ることは精神衛生上良いし、体の調子も良くなるとかねがね感じていた。従って、上の観察結果には素直に頷く。

ちなみに、自然の中での運動が脳にポジティブな効果をもたらす理由について、論文著者たちは脳の前頭葉と頭頂葉に活動量が増えることに起因する可能性があると示唆している。では、バーチャル・リアルティ(VR)の専用ヘッドセットを利用すると、本当の自然よりも効果は高くなるのだろうか。あるいは同じ自然でも、山間部と海で効果は異なるのだろうか。また、市民ランナーと競技ランナーで効果に差が出るのかなど、興味のつきないテーマだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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