筆者が通うジムには「ジュース・バー」というものがあり、バナナやイチゴなど好みの果物に、プロテインパウダーを加えたスムージーをその場で作ってくれる。プロテインパウダーの量は、20g40gなど指定することも可能だ。筋トレが終わって大汗をかいた直後、シャワーを浴びるのもそこそこに、こうしたプロテイン入り飲料を一気飲みしている姿は、どのジムでもよく見かける光景だろう。なぜなら、彼らは筋トレ終了後3045分間が筋肉作りのゴールデンタイムだと信じており、そのタイミングでたんぱく質を摂取しないと筋トレ効果が小さくなると恐れているからだ。実を言えば、筆者も以前はそのひとりだった。

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筋肉作りのゴールデンタイムは実在しない

筋トレとは筋肉を傷つける行為であり、傷ついた筋繊維はたんぱく質によって修復され、以前より大きく強くなる。筋肉の回復は運動直後から始まっているから、3045分間以内にたんぱく質を補給すると筋肥大効果を最大化できる。そして45分を過ぎると、たんぱく質から筋肉を形成する効果が急減すると信じられてきた。このことは、筋トレの入門書を読んだことがある人なら目にしたことがあるだろう。もはや、一種の常識と呼んでもいい。

ところが、その常識は学術的にはほぼ否定されている。1995年という古い時期に発表されたある研究(*1)では、筋トレ後にたんぱく質が筋肉を形成するプロセスはそれより以前に信じられていたよりはるかに長く、最長で36時間まで持続することが明らかになっているのだ。

*1. The time course for elevated muscle protein synthesis following heavy resistance exercise.

若く健康な男性の被験者6人に、612回を12セットのダンベルカールを片腕のみで行ってもらい、その後の筋タンパク質合成(MPS – muscle protein synthesis)過程をもう片方の運動を行わなかった腕と比較した。その結果、筋トレの後でMPSは急速に増加し、4時間後に50%増、24時間で109%増になり、その後急速に減少して36時間でほぼ平常に戻ったという。

筋トレ直後の3045分間が筋肉作りのゴールデンタイムと長く信じられてきたのは、体内の栄養が足りない状態では、筋肉の分解が早まるという理論から来るものだと思われる。その意味で、筋トレの前後にたんぱく質を摂取することは理にかなっているだろう。そうすれば筋肉の分解を防ぎ、逆に筋タンパク質合成を促し、ひいては筋力増強に繋がる。

ただし、そのたんぱく質摂取に適したタイミングは実のところ長く、2436時間というスパンで穏やかに上昇し、また下降する。普段の食事で十分な量のたんぱく質と炭水化物をバランス良く摂取してさえいれば、筋トレ直後のタイミングにこだわる必要はないようだ。

耐久系スポーツ直後の炭水化物摂取も疲労回復の効果はない

長距離走やトライアスロンといった耐久系スポーツに関しても、直後の栄養補給にはよく似た誤解が存在する。長時間の運動をすると筋肉中のグリコーゲンが枯渇し、このグリコーゲンは運動のエネルギーになるものである。そのため、再合成するためには運動後にいち早く、できれば30分以内に炭水化物を取り込まなくてはならない。そう信じているアスリートは今でも多いだろう。しかし、この説もずっと以前から学術的には否定されている。

1997年に発表されたある研究(*2)では、長時間の運動後24時間で栄養補給を異なるタイミングで行った際のグリコーゲン再合成効果を比較した。

*2. Muscle glycogen storage following prolonged exercise: effect of timing of ingestion of high glycemic index food.

実験に用いられた長時間の運動とは2時間のサイクリング(VO2Max70%)の後、さらに30秒間の全速力インターバルを4回繰り返すというものだ。運動後の24時間以内に5回の炭水化物を多く含む同じ内容の食事を摂取したが、あるグループは運動直後に、別のグループは運動が終了して2時間経ってから最初の食事を摂った。

被験者全員から食前と食後に血液サンプルを採集。グルコースとインシュリンの解析を行ったところ、グループ間で運動終了から8時間後と24時間後のグリコーゲン再合成に違いはなかった。つまり、運動終了後の24時間以内に食事するのであれば、急いで食べても後でゆっくり食べても、回復のスピードに違いは生じないということだ。

筆者の考察:サプリメントメーカーの広告戦略

客観的なデータがあるわけではないが、ここで筆者なりの個人的な見解をお伝えしたい。筋肥大にせよ疲労回復にせよ、学術的にはその効果が否定されている。それにもかかわらず、運動直後にすぐ栄養を摂取しなくてはいけないという考えは、今でも広く信じられているだろう。その理由の一つには、サプリメントメーカーの広告戦略があるのかもしれない。

運動直後の疲れ切った状態で食事を摂るのは意外に難しい。料理する体力も時間もないし、外食するにしても3045分間という時間制限はかなり高いハードルだ。そもそも、運動直後には食欲が湧かないという人も多いだろう。その点、プロテインパウダーのような水に溶かすタイプや、エネルギーバーのような携帯食は便利だ。普段の食事で不足する栄養素の補給という本来のサプリメントの意義以外に、時間と手間をかけずに済むメリットを強調する意図がメーカー側にあるのではないだろうか。そのためには、運動直後の栄養補給が大切だとする認識が広まっていることは大変好ましい。インターネットで関連するワード(例えば「筋トレ 手早く 栄養補給」等)を検索すると、サプリメントメーカーのページが上位にヒットするはずだ。実際の理由はどうあれ、トレーニングのみならず栄養補給についても、正しい知識を持って行いたいものだ。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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