毎年、5月後半になるとクロスフィットのジムでは、重量ベストを着用してワークアウトを行うアスリートの姿を多く見かけようになる。5月の最終月曜日は「メモリアル・デイ(米国戦没将兵追悼記念日)」呼ばれ、この際に行われる“マーフ”というワークアウトに備えるためだ。では、重量ベストは果たしてトレーニングに効果的なのか。これについて、研究結果を交えながら解説しよう。

目次

軍隊風トレーニングと呼ばれる訳は

クロスフィットではさまざまな種類のワークアウトを行うが、マーフはその中でもっとも有名で過酷なものの一つだろう。まず1マイル(1600メートル)を走り、続いて懸垂を100回、腕立て伏せを200回、スクワットを300回行い、最後にまた1マイルを走るというものだ。見ての通り、尋常ではないボリュームである。しかし、それだけではない。これらすべてを、重量ベストを着用して行うのだ。重量ベストの規定重量は男性が20パウンド(約9kg)、女性は14パウンド(約6.4kg)である。

まるで軍隊の訓練のようだが、それもそのはず。このワークアウトは、2005年にアフガニスタンで戦死した米国海軍中尉マイケル・マーフィー氏にちなんで名づけられたものである。クロスフィットが市民権を得るよりずっと以前から、重量ベストを着用して走るトレーニングは米国の軍隊で広く行われていたらしい。

軍人が実際の戦闘をシミュレーションするために、重い武器や荷物を抱えて動き続ける訓練をする意味は理解できる。身体的な耐久力の向上はもちろん、精神力を鍛えることも重要な目的なのだろう。しかし、重量ベストを着用してトレーニングすることがスポーツやフィットネスのパフォーマンスを向上させるかどうかとなると、未だにはっきりとした結論は出ていないようだ。

重量ベストの実効性を調査した各研究

もちろん、重量ベスト着用のトレーニング効果について調べた研究は、すでに数多く発表されている。ニュージーランドにあるオークランド工科大学の研究者らが2017年に発表したレビュー論文(*1)は、重量を身に着けた状態でのウォーキング、ランニング、スプリント、そしてジャンプを伴ったエクササイズにおける代謝と運動学的な変化を調べるため、既存32の学術論文を解析した。

*1. The Effects of Wearable Resistance Training on Metabolic, Kinematic and Kinetic Variables During Walking, Running, Sprint Running and Jumping: A Systematic Review.

こうしたトレーニング方法には、心肺能力を高めたり骨密度を増やしたり、バランスを向上させたりする効果があると示唆する研究例が多く見つかった。重量ベストを着用したトレーニングはスポーツのパフォーマンスを向上させる、あるいは健康を促進させる「可能性」が大きいと論文著者らは結論で述べている。ただし、誰にでも必ず効果があると断じるには、さらなる研究事例が必要なようだ。

重量ベストの選び方

重量ベストは「ウエイトベスト」「加重ベスト」「パワーベスト」などとも呼ばれ、日本でもインターネット通販などで手に入れることができる。ポケットに重り(プレート)を詰め替えることで、総重量を調節するタイプが主流だ。

言うまでもないことだが、いきなり最大の重さに挑むのは無謀である。最初はプレートをポケットに入れず、ベストを着用しても動作に支障を感じないことを確認することが望ましい。重量ベストは他の筋トレとは異なり、重量負荷をかけながら両腕両足を自由に動かせることが際立った特徴。そのメリットをより活かすために、まずはベストのサイズや形態が自分の身体にフィットしていることを確かめるべきだからだ。ベストを着用しての動作に体が慣れてきたら、徐々に重量を増やしていく。その意味では、プレートがより細かく分かれている製品を選ぶと、総重量の微調整がしやすく便利だろう。

なお、前述の論文で解析対象となった研究の多くが、体重の410%程度の重量を用いている。逆に言えば、自分の体重の10%を越える重量ベストを着用することは、安全性の面では推奨できない。ちなみに筆者の体重は約60kgであり、マーフの規定重量を守るとベストの重量は体重比の約15%になってしまう。トレーニング本来の意義からすれば、重量負荷は一律ではなく、体格やトレーニング歴に応じて調整するべきだろう。これは、マーフを競技に用いるときも同じこと。体重60kgのアスリートと体重100kgのアスリートで、約9kgの重量ベストがパフォーマンスに与える影響はまったく異なることは容易に想像できるはずだ。

それでもクロスフィットでは、全員が同じ重量のベストを着用することが原則である。そして、マーフ以外で重量ベストを使用することはあまりなく、5月後半以外の時期には重量ベストがジムの片隅で埃をかぶっていることも多い。なぜなら、マーフにトレーニング効果があるかどうかより、殉職した軍人たちに敬意を表することが大切だと考えられているからだ。

コミュニティとしての一体感も強調されるし、そのことを否定するつもりはない。それと同時に、せっかく購入した重量ベストを年1回のイベントだけに用いるのは、もったいない話だとも筆者は考えている。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

Facebook

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。