どのような種類のスポーツであっても、トレーニングや競技の前後にストレッチを行うことは伝統的ですらあるだろう。しかし、その目的は変化している。ストレッチには大別すると、同じ姿勢でじっとして筋肉や関節を伸ばす「静的ストレッチ」と、軽い動きを伴う「動的ストレッチ」がある。静的ストレッチにはウォームアップ効果がないことや、運動前に行うとかえってパフォーマンスを下げる恐れがあることは、以前よりよく知られてきた。2012年に発表された研究(*1)では年代・性別・運動レベルにかかわらず、静的ストレッチが筋力パフォーマンスを下げることを立証した。論文著者らは、本格的な運動をする前のウォームアップで、静的ストレッチを避けるべきだと結論で述べている。

*1. Does pre-exercise static stretching inhibit maximal muscular performance? A meta-analytical review.

目次

故障予防に効果的な方法を調べた研究

こうしたことから、ウォームアップには動的ストレッチを取り入れ、静的ストレッチは運動をした後のクールダウンや回復を目的としたセッションで用いることが、最近では一般的になった。

また、静的ストレッチを行うことで体が柔らかくなり、故障の予防に役立つと言われることも多い。しかし、静的ストレッチと故障予防の相関性についても、否定的な結論を述べた研究(*2)がある。

*2. The effectiveness of exercise interventions to prevent sports injuries: A systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.

この研究は、複数の研究を統合分析するメタ解析の方法によるものである。解析対象に選ばれた過去の研究は25に及び、対象者は延べ26,610人、合計で3,464の故障ケースについて解析が行われた。「静的ストレッチ」「筋力トレーニング」「固有受容感覚トレーニング」「複合アプローチ」を行った4つのグループに分け、それぞれが怪我の予防にどれだけ効果があったかを調べたものだ。

その結果、故障の予防にもっとも効果が大きい方法は筋力トレーニングであり、スポーツ特有の故障を3分の1以下に減らし、蓄積疲労による故障もほぼ半減させる効果があったということだ。その反面、静的ストレッチのみは故障を予防する効果が無いと、論文著者らは結論で言い切っている。

それでも静的ストレッチを行う理由

静的ストレッチはウォームアップには向かないうえ、かえってパフォーマンスを悪化させる。さらに故障を予防する効果もないとなると、静的ストレッチを完全に止めてしまう選択も可能だろう。静的ストレッチには、また柔軟性を向上させる効果はあると思える。しかし、そもそも柔軟性が競技パフォーマンスに繋がるかどうかは、そのスポーツの種類によって事情は異なってくる。

それでは、アスリートにとって静的ストレッチを行うメリットはゼロなのかということにもなり兼ねないが、筆者は個人的にその論に反対である。たとえ身体的な効果はなくても、心理的なリラックス効果があるように思えるからだ。

激しいトレーニングで消耗するのは身体だけではない。精神的な疲労が重なると、集中力やモチベーションが低下する。酷くなると日常生活にも支障をきたし、いわゆるオーバートレーニング症候群だ。その兆候が表れたとき、あるいは表れる前に静的ストレッチを行うことで、心身共にリフレッシュした気分になれるように思うのだ。これは筆者の個人的な感想に過ぎないが、医学的な側面から静的ストレッチの効果を認めた研究(*3)もある。

*3. Static Stretch Performed After Strength Training Session Induces Hypotensive Response in Trained Men.

筋力トレーニングの後に行う30分ほどの静的ストレッチには、血圧を下げる効果がある(そしてその効果は静的ストレッチの時間を60分までに拡大することでより顕著になる)ということだ。これなどは、リラックスした心理が、身体的な反応として表れているように筆者には思えてならない。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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