国内では多くのスポーツ選手が、仕事と競技とを両立させている。競技のみ行っていれば良いという環境は決して多くない。そうなれば、練習時間の確保などをはじめとして、“仕事選び”は競技するうえで非常に重要なポイントとなるだろう。

陸上・七種競技の萩原このか選手は、埼玉県を中心に展開する陸上クラブ『デカキッズアスリートクラブ』で運動指導に従事している。では、なぜその仕事を選んだのか。その理由や仕事を通じて得ている学び、そして七種競技の魅力などについてお話を伺った。

なお、七種競技は2日に分けて7つの種目が競技される。1日目は100mハードル、砲丸投げ、走高跳び、200m走、そして2日目は走幅跳び、槍投げ、800m走を実施。そして、それぞれの記録を得点化し、その合計点で競うという競技だ。

目次

サッカー少女から陸上選手へ

萩原さんが陸上競技を始めたのは小学6年生のこと。当時担任だった先生の娘さんが同じ年でクラブに通っており、陸上に誘われたのだという。

「小学4年生からサッカーをやっていました。サッカーにも足は早い方が良いかなと思い、誘いを受けて始めたのがキッカケです。でも当時、中学・高校もサッカーの予定だったんですよ。それが、なんだか陸上へと進んでいきました。親から、団体競技より個人競技の方が良いと説得されたのもありますね。」

陸上を始めてから、最初は短距離(100mと幅跳び)を専門としていた萩野さん。サッカーと違って、記録の伸びを実感できる点は魅力だったそうだ。しかし、中学2年生になると、短距離では周囲に勝てなくなってきた。それに伴って陸上の楽しさも薄れてきたが、種目を転向したことで新たな道が拓ける。

「体育祭で高跳びがあったから出てみたら意外に飛べて、楽しかったんです。それを見た顧問の先生から、四種競技を勧められました。中学2年の冬から四種競技の練習を開始して、中学3年では四種競技だけに絞ることに。そしたら全国大会に出場できて、5位という成績を残せたんですね。これは、意外といけるかもしれない…って思いました。」

この結果を受け、高校から推薦が来たという萩原さん。しかし、実は七種競技を続ける気はなかったそうだ。

「高跳びが得意だったから、ずっと高跳びをやりたいと言っていたんですよ。それなのに、いつの間にか七種競技を続けることになっていました。入学前から練習に入っていて、そのときから七種競技の練習に。でも、高校1~3年生とインターハイで入賞できたこともあって、高校からは七種競技の魅力にハマっていきました。」

高校では、2年生で出したインターハイ2位という結果が最高順位。1年生から入賞できたこともあり、大学からも推薦を得られたという。

「何かに特化していたわけではありません。高跳びは得意だったけど、だからといって全国レベルではありませんでした。だから、色んな種目なら全国で戦えると知って、次第に七種競技が好きになったのだと思います。」

いつの間にかサッカーから陸上へ、そして七種競技へとフィールドを移していった萩原さん。結果、ご自身にもっとも合った競技に巡り合えたのだろう。

他にはない七種競技の魅力

長い時間を経たものの、少しずつ萩原さんを惹きつけていった七種競技。恐らく多くの方から見れば、単一種目と比べても過酷で辛そうなイメージを持つことだろう。しかし、萩原さんによれば、複数種目で競うからこその魅力があるのだという。

「1つの種目だけじゃ勝負できないとき、例えば100mの選手が200mにも出場するなど、サブ種目として2つくらいまで競技するのは普通のことです。でも私の場合、意外と何でもできてしまったんですね。投げるのも、飛ぶのも、走るのも意外とできた。でも1つの種目で切り取ると、全国で戦えるレベルではない。一方、七種競技は1つに特化しなくても活躍できるので、これは競技を知ってからの気付きでした。七種競技をやっていると、みんな得意不得意があるんですよね。各々の場所で活躍できて、その種目については選手同士でもリスペクトし合える。他種目はあまり喋りませんが、七種競技は競技中のコミュニケーション多く、『みんなで強くなろう』という雰囲気があって好きなんです。競技後、選手みんなで写真撮影するのだって、他にはありませんよね。」

大会だけでなく、練習のときも色んな種目を行うため、他種目の選手とコミュニケーションの機会が多いのも魅力なのだとか。もちろん、一筋縄ではいかない難しい種目であることは間違いないだろう。しかし、複数種目が組み合わさっているからこその魅力は、確かにやってみないと分からないものなのかもしれない。

競技があるからこそ仕事の内容や環境も大切

以前は飲食店に勤務されていた萩原さん。現在は子どもたちの運動指導に携わりながら、ご自身のトレーニングも並行して取り組んでいる。ざっくり、1日どのようなスケジュールで活動しているのか伺ってみた。

「午前中、9時から昼過ぎ頃まで練習しています。その後は14時に事務所へ出勤して事務作業などこなし、夕方から19時頃までレッスンという流れです。仕事は月・火・木・金の週4日で、あとはずっと練習ですね。以前の職場でも、午前中に練習して午後から出勤というスタイルでした。でも飲食店ということで、勤務時間は17時から23時までの週5日。自宅が遠かったこともあり、9~13時に練習して15時には仕事へ向かわなくてはいけませんでした。立ち仕事だったことも、やはり疲労という観点から厳しかったですね。だからこそ、今は本当に恵まれた環境に居られていると感じています。」

コーチに相談したことから、その繋がりで現在の職場と出会った萩原さん。しかも、同じ混成種目である十種競技をベースにした教室ということで、非常に興味を抱いたようだ。そして、競技者ではなく教える側に立ったことから、ご自身にとっても得らえる学びは多いという。

「教員免許を持っているんですけど、実はあまり教えるのが上手くありません。感覚でやってしまうタイプで、いまいち言語化できないんですよね。だから教師は向いていなくて、教えるならスポーツ系だけど、授業などしないものが良いなって思っていました。大学の後輩たちとは社会人になってからも一緒に練習していますが、そこまでしっかり“教える”という形でもありませんし。ですから仕事を通じて、感覚を伝えることの難しさを日々痛感しています。特に難しいのが、運動が得意ではない子に、できることをいかに伝えるか。伝え方を間違って、運動に苦手意識を持たれたら意味がありませんから。お陰さまで、以前よりは言葉で伝えるのが上手くなってきました。」

言葉に出すことで、自分自身も理解が深まるのだとか。つまり仕事が、自分の競技にも生かされている。どう伝えるか、どうすれば分かりやすいか。常に勉強しながら、仕事にも全力で向き合っているようだ。

「以前までは『誰でもできる』『自分じゃなくても良い』『学んだことを活かしていない』など、ずっとモヤモヤした気持ちがありました。なぜ、自分はここにいるのだろうって。もちろん、働きながら競技させてもらっていたので、感謝しています。ただ、やっぱり仕事内容や環境ってとても大切ですよね。これから仕事に就く方は、ぜひ入社時点でしっかり検討してほしいと思います。」

仕事選びについては、スポーツ競技者に限らず同じようなことを感じることがあるだろう。自分が働くうえで大切にしたい軸と、会社の求めるものとが異なることは少なくない。特にスポーツ競技者なら、そこにどれだけ競技に時間を割けるのか、仕事がパフォーマンスに影響しないかといった要素も入ってくるはずだ。

競技者として目指すは日本一!

最後に、萩原さんがこれから目指す目標と、具体的な取り組みについて伺った。

「目標は、日本で一番になることです。コーチしているから、子どもたちもたくさん見てくれたり、声かけてくれたりします。見てくれているからには、コーチとしてかっこいい姿を見せたいですよね。日本で一番って、競技しているうえで誰しもなりたいものだと思います。だから、自分も目指しているんです。日本選手権のライオンメダル(日本選手権のメダルには表にライオンが描かれている)がずっと欲しくて。今は強い世代ですが、だからこそ、そこで勝ち切りたい。そのためには、まず弱みであるスプリント系能力を伸ばすこと。また、投擲も苦手ではありませんが、周囲と差があるので埋めていかなければいけません。スプリント系では、まず身体の使い方を見直そうと取り組んでいます。『走るって何?』という部分からさかのぼって考え、実践して違えばまた考える。自分に合った走り方を模索中です。投擲については身体が小さいので、ウェイトなど増やして本格的にトレーニングしていきます。」

現在、重要視しているのが自分の体をコントロールする能力の向上。これは、まさにコーチとして子どもたちにも指導している内容なのだとか。コーチの立場となり、競技者とは違って視点から学びを得るようになった萩原さん。これから、日本一に向けて躍進を見せてくれることだろう。

萩原 このか(はぎわら このか)

陸上・七種競技選手。白梅学園高校を卒業後、東京学芸大学に進学。中高保健体育第一種免許取得。デカキッズアスリートクラブのコーチ。

By 三河 賢文 (みかわ まさふみ)

“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。

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