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トラックレースからフルマラソンまで4大会連続の五輪出場。福士加代子さんの“一番好きな種目”とは【3名にサイン本をプレゼント】

陸上女子長距離でオリンピックに4大会連続出場を果たした福士加代子さんが、2022130日(日)に開催された「大阪ハーフマラソン」で引退した。笑顔で手を振りながらゴールした引退レースは、テレビ等で目にした方も多いだろう。引退と共にこれまでの競技人生を綴った書籍『福士加代子』(いろは出版)を出版した福士さんだが、そこには強さの秘密、そして表には見えなかった苦悩などが詰め込まれている。

この出版を受け、さらなる福士さんの姿を探るべくご本人に取材させて頂いた。競技のこと、引退のこと、そして今後のこと。笑い溢れるインタビューの中で伺ったお話を、一部書籍で綴られた内容も踏まえながら数回に分けてお届けしよう。なお、各記事では福士さん直筆のサイン本プレゼントもあるので、ぜひ最後までご覧いただきたい。

「好き」「楽しい」という素直な気持ち

福士さんが陸上競技を始めたのは高校入学後。中学時代も足が速く陸上部に誘われたというが、「団体競技の方が好きだから」と断りソフトボール部に所属していた。高校で陸上競技部に入り中長距離種目を選択したが、4×100m4×400mなどの短距離リレーに出たことも。日々トレーニングに明け暮れてきたのかと思いきや、あまり真面目に練習した記憶はないという。顧問の安田先生に言われた「楽しく走れ」という言葉が印象に残っているそうだが、無理なく楽しむという程よい緩さが、むしろ福士さんの強さに繋がったのかもしれない。

高校では入部1年で県大会優勝。高校3年生では東北大会で2種目(800m3000m)優勝し、インターハイに出場している。さすがにインターハイに向けては一所懸命に練習したとのことだが、そのモチベーションが「合宿で出会った友達に会いたい」という気持ちだったというのは福士さんらしいだろう。書籍では競技人生を振り返り、次のようにも述べている。

「私がまだ失敗を怖がっていたころ、ダメな自分を見せないように、見られないようにって、無理してがんばっていた。だけど、私は迷いながら悩みながら前へ前へと走り続けながら、自分自身を覆っていた服を手放していった。どんどん身軽になって、どんどん楽になって、気がついたらすっぽんぽん!走り続けたら裸の自分と向き合えて、自分のことがぜーんぶ好きって言えるようになった。走ることで素直になれた。素直に生きるって本当におもしろい!」(書籍262263頁より抜粋)

高校入学後から結果を残してきた福士さんだが、常に最高のレースができたわけではない。例えば2006年に「香川丸亀国際ハーフマラソン」で初めてハーフマラソンへ挑戦した際は、当時の日本記録&アジア記録を更新しての優勝だったが、走るのが嫌だったと当時の心境を明かしている。また、フルマラソンのデビュー戦となった2008年「大阪国際女子マラソン」ではゴール手前で転倒。ゴールこそしたものの、大失敗だったと振り返っている。それでもリオ五輪でのマラソン日本代表など結果を残して来たのは、心の奥底に走ることが好き、楽しいという気持ちを常に持っていたからかもしれない。

やっぱりスピードレースが好き

3,000m5,000m、そしてハーフマラソンでは元日本記録保持者であり、10,000mでは日本選手権を6連覇。“トラックの女王”と呼ばれた福士さんだが、周囲の働きかけや自身の興味などもありフルマラソンにも挑戦。2016年のリオ五輪では日本代表にも選ばれた。そして、引退レースに選んだのはハーフマラソン。あらゆる長距離種目を経験し、結果を残して来た福士さんに、改めて“好きな競技”について伺った。

「やっぱり、一番は5,000mかな。面白いし、短い方が好きなのかも。3,000m5,000mは展開が早いし、スピードがあからさまに分かる、肌身で感じられるんですよね。特に3,000mではダメでも、5,000mなら勝負の仕方によって勝てる場合がある。3,000mはトレーニング的で、5,000mは駆け引きが求められる種目だと思います。あと、3,000mは速過ぎてすぐ訳の分からないうちに終わっちゃうけど、5,000mは面白い中で気持ち良さを見つけていたかなと。」

段階的にフルマラソンまで走る距離を伸ばしていった福士さん。徐々に長い距離が得意・好きになっていったのかと思いきや、これは意外だった。しかし、確かに5,000mが駆け引きに左右されるというのは、私自身も何度か経験して実感がある。

「一番強かったとき、私は人より疲れるポイントが少し違っていたんですよね。みんなが疲れ始めたとき、あるいはその前でも1回仕掛けることができた。死ぬことを怖がらずに思い切っていけて、必ず先頭に出るんですよ。だから3,000m5,000で強みを出しやすく、ハイスピードで走るレースの方が好きなんだろうと思います。研ぎ澄ましていく感覚というか、走っている間に気持ちの入る余地がない種目です。スピードを出すための技術、そして持久力で勝負する種目で、私は技術力アップの方が好きかな。」

福士さんのレースでは、自分から仕掛けるシーンは何度も目にした。ハイスピードの走力に加えて、疲れるポイントが違う、つまり他とは異なるタイミングで勝負できるという強み。短い距離の方が、その強みを活かせるようだ。これこそ、福士さんが“トラックの女王”と呼ばれた所以の一つだったのかもしれない。ただし、これは国内レースでの話。世界に行くとさらに加速が始まるから、「どうやって太刀打ちすれば」と悩んだことも多いという。

10,000m以上はボディブローとの戦い

ではオリンピックにも出場した10,000mやフルマラソンをはじめ、もっと距離の長い種目はどう感じていたのだろうか。

10,000m5,000mの波が2回訪れるし、7,000mまでは面白くない部分があります。もちろん3,000m5,000mよりペースは遅くなるので、いかに抑えて走るのか。疲れていないようでダメージくらっているし、行こうと思うのに行けないシーンが多かったですね。持久力が難しくて、さらに体力もつけなければいけない。とはいえジョッグで距離を伸ばそうとすれば技術が頭にいかなくなる。いかに体力なくした中で意識を戻してくるか、大変だったけど、頭の切り替えが入ってできてくると慣れてくる種目でした。これがハーフになると、正直に言って何したら良いのか分からないんですよ。楽勝だなんて思っていたら、ボディブローが一気に15kmくらいで訪れる。急に脚が動かなくなる。でも『なんとかなる』で走っていて、苦しかったけど、それでも人より走れてた感じがありましたね。

10,000mやハーフマラソンは、その距離に慣れ、自分自身を騙しながら走ったという福士さん。練習を重ねることでスピードと体力が身につき、勝負できるようになったという。この時点で「短い距離が好き」というのが本音なのだと感じ取れたが、ではなぜフルマラソンに挑戦したのか。

「フルマラソンになるとまったく別モノで、まったく歯が立たない。いくら練習しても、『ドンッ!』っていきなりボディブローが来る。結論、10,000m以降はボディブローとの戦いなんですよ。最初に体力、そして気力がやられます。できないことが多過ぎて、30kmなら『疲れる』、25kmなら『まだ15kmある』って気持ちになり、そこからゴールに向かって行くストーリーなんですよ。」

こうして話を伺うと、普通なら挫折してしまいそうに感じるかもしれない。実際、福士さんがフルマラソンで五輪代表に選ばれるまでは、多くの失敗があった。先にご紹介した初マラソンの2008年「大阪国際女子マラソン」後、そのままフルマラソンには専念せずトラックレースに復帰している。そこから5,000m10,000mの北京五輪代表を経てマラソンへの挑戦を再び始めるが、思うようにいかず、やっとマラソンで結果が出せたのは2013年「大阪国際女子マラソン」のこと。自己ベストを更新し、同年の世界選手権にも選出された。

きっと福士さんは、練習を積む中で自分なりにフルマラソンの楽しさを見出していたのではないだろうか。書籍では「失敗したままの自分が嫌」という言葉が出てくるが、フルマラソンという競技はもちろん、リベンジあるいは「できないことができるようになる」ことを楽しんでいるようにも感じられる。しかし数多くの長距離種目を経験してきた中、やっぱり一番好きなのは5,000m。試しに100kmマラソンを勧めてみたが「ぜったい無理!」と笑顔で返されたのには福士さんらしさを感じた。

本当に心から「好き」と言える何かに出会える。これだけで特別なことのようにも思えるが、誰にとってもキッカケは周囲にたくさんあるのではないだろうか。大切なのは、その気持ちに従って「やってみる」こと。そして好きなことでも苦難はあるが、諦めずに突き進むことなのかもしれない。福士さんといえは、元気で笑顔なイメージを持つ方は多いだろう。しかし実際にはさまざまな苦難があり、何度も走ることをやめようと考えてきた。五輪という世界で勝負する場に到達したのだから、その努力は想像を超えている。

『福士加代子』直筆サイン本を3名にプレゼント!

引退後に出版された『福士加代子』は、そんな福士さんの競技人生のすべてが詰まった一冊。すべてのストーリーが包み隠さぬ本音で書かれているので、まるでその場に自分がいるかのような感覚で一気読みしてしまった。陸上競技者も去ることながら、すべての人に気づきやキッカケを与えてくれる本ではないだろうか。今回は本記事をご覧の方々に、直筆サイン本を3冊プレゼントとしてご提供いただいた。本著を通じて、福士さんの強さの秘訣をご自身なりに探ってみてはいかがだろうか。

福士 加代子(ふくし かよこ)

1982年3月25日生まれ、青森県出身。ワコール女子陸上競技部(スパークエンジェルス)アドバイザー。高校時代から陸上競技を始め、卒業後はワコールへ入社。2002年に3,000m・5,000m、2006年にハーフマラソンでそれぞれ当時日本記録を樹立10,000mでは日本選手権6連覇を果たし“トラックの女王”と呼ばれた。さらに2016年のリオ五輪で出場した女子マラソンを含め、4大会連続の五輪出場。2022年1月30日に行われた「大阪ハーフマラソン」で引退した。

[著者プロフィール]

三河 賢文(みかわ まさふみ)
New Road編集長。“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。
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