子どもの運動能力を伸ばしたいなら、多くの方々は習い事へ通わせようと考えることだろう。しかし、運動系の習い事といってもさまざまあり、どのスクールを選ぶか悩んでしまうかもしれない。そんなとき、選定基準の一つとなるのが指導の方針やコンセプトだ。

今回は埼玉県戸田市で活動されている、NPO法人ワールドスポーツファミリーの代表・小肥知広(こひ ともひろ)氏にお話を伺った。同団体では“総合型地域スポーツクラブ”として、十種競技をベースとした陸上教室『デカキッズアスリートクラブ』を展開されている。小肥氏が考える、子どもの運動能力向上にとって大切なことは何なのか。また、教室を運営されている中で感じている、子どもを取り巻く運動環境の課題などについて、詳しくご紹介しよう。

目次

地域スポーツに関わる仕事へ

子どもの頃から、さまざまなスポーツに取り組んできた小肥氏。水泳、野球、サッカー、テニスなどを経験し、中学・高校では陸上部に所属。さらに、大学と大学院ではテニスを行っていた。こうした背景から自然とスポーツに興味を持ち、そして教員の道を志したという。しかし、最終的に選んだのは、教員とは異なる仕事だった。

「最初は教員を目指していました。体育やスポーツに興味を持っていたので、その中で仕事にするなら、教員という道しか当時は頭になかったので。しかし、大学3年の頃に進路選択する段階で、教員ではなく地域スポーツの普及に関わる道に進みたいと考えたんです。そこで大学院に進み、スポーツ経営学やコーチングを専門に学びました。その後は横浜市スポーツ協会(当時は体育協会)に就職し、地域のスポーツ振興に関わる業務へ従事。まさに、私がやりたかったことに入れたわけです。スポーツセンターや本部の経営企画、最後の2年は日産スタジアムの施設管理のほか、組織を動かす側にも立つことができました。」

しかし、就職して5年が経った頃、小肥氏は退職を決意する。力が付いてきたことで、もっとやりたいことが出てきたのだ。しかし、行政の中では縛りがあって難しいことが多く、自らの手で作り出すという道ことを選んだのである。

「地元の戸田市で、総合型地域スポーツクラブを作ろうと考えました。2015年2月に登記し、同年の夏からスタート。活動を始めて8年になります。教室事業がメインで、会員の9割は陸上教室(幼児~高校生)。以前はバトミントンやバスケットボール、格闘技、ヨガなどもやっていましたがコロナ禍でクローズし、影響のなかった部分に絞って運営しています。」

もっと、社会に影響力のあることをやりたい。それが、独立した根底にある気持ちだった。そして、どうせやるなら地元の戸田市で。取り組みについては行政からも「是非」という声があり、戸田市での新たな挑戦が始まったのだ。

子どもたちを取り巻く運動環境の課題

陸上競技に取り組んでいたときは、ハードルや短距離などを専門にしていたという小肥氏。中学校で指導していた際、サッカーのクラブチームに入っている子が陸上部に入ってきた。しかし、サッカーはとても上手なのに、ボールを投げたときにフォームがおかしい。これを見て、一つの種目だけに集中して取り組んだ結果、他にことができないという状態に疑問を感じたという。

「小さい頃から色んな動作をやっておかないと、運動能力が伸びにくいのだと感じました。私自身、比較的運動神経は良い方だと思うのですが、それは色んな種目をやっていたからではないかと。それで着目したのが、十種競技だったんです。また、色んな運動に取り組むことは、プラスの意味で逃げ道を作っておくことにもなりますよね。例えば怪我や気持ちの面で落ち込んでしまっても、他で続いていくことができる。これは、とても大切なことだと思います。」

十種競技とは2日間にわたって計10種目の競技を行い、記録を得点化して競うという陸上球技の種目である。1日目は100m走、走幅跳、砲丸投、走高跳、400m走を、2日目は110mハードル、円盤投、棒高跳、やり投、1,500m走を行う。特に成長期の運動能力向上には、自分の身体を自在に操れるようになることが重要。それが、小肥氏の取り組む十種競技をベースにした方法論だ。

「思い通りに身体を動かすことが、一つの大目標です。例えば早く走るというより、わざと狭い中で上手く脚を動かしていく。あるいは、バランスを取って動作するなど。自分が意識している、思っている通りに身体を動かせている状態が望ましいと考えています。遠回りするような教え方に見えるかもしれません。しかし、色んなことに取り組むのですから、時間が掛かるのは当然のこと。最終的には、きっと運動能力向上という結果を得られると思います。」

例えば走る際、ただ闇雲に手足を動かしていたのでは上手く走れないだろう。手足の動きが連動し、“早く走るための動き”になっているからこそ、早く走れるというものだ。あるいは投げる動作でも、イメージした通りの方向に投げられるか否かは飛距離にも影響する。実際に十種競技をベースとした教室に通うことで、能力を伸ばしている生徒たちは多い。

「例えば50mが15秒以上だった小学1年生の子は、3年生で9秒台になりました。あるいは、ハードルもミニハードルより少し高いくらいしか飛べなかったのが、走りながら跨いで走れるようになったということもあります。学校の先生からも、クラブに通っている生徒は高校生になっても伸びが止まらないと言われています。」

自分の能力が上がっていることが目に見えてくると、子どもたちも楽しんでくれる。運動が苦手な子も歓迎しているが、全員が一緒に同じことをやるのだという。その時点で足の速さは関係ない。1つ1つ出来ることが増えていけば運動が好きになり、その気持ちが原動力となって、さらに能力を伸ばしてくれるのだろう。

地域スポーツの課題

「少年団などでも小学校で終わってしまい、中学や高校とは連携が取れません。指導方針の違いで辞めてしまえば、受け入れ先もありませんし、ずっと運動に取り組まなくなってしまいます。部活動に入らなければ、競技する場所がないんですよね。クラブチームや少年団が小学校、中学校と連携できれば、子どもたちの運動環境はもっと上手く回るようになるのではないでしょうか。逆に、例えば不登校など学校の生活面では、私たちがもう少し力になれるのではないかとも思います。本当は、高校・大学までカバーできる環境が地域にあれば良いんですけどね。」

小肥氏にとって究極の目標は、スポーツでの世界平和だ。スポーツには、それで一つになれるものがあると力強く話す。そして、それを地域から作り出す場所がワールドスポーツファミリー。その名前にも、その目標に対する気持ちが込められている。

「まずは地域で、もっと住民などが集まってくる場所が作りたいですね。幼児から高校、大学、さらに一般の方まで、幅広い世代が参加したくなるようなクラブです。ゆくゆくは、それを地域だけでなく広げていけたら。」

まずは地元である戸田市で、理想とするスポーツ環境を作り上げること。世代を越えて多くの人々が運動に取り組む環境は、人と人との繋がりを広げ、結果的に地域の活性化にも繋がっていくことだろう。

小肥 知広(こひ ともひろ)

1984年11月生まれ。筑波大学大学院体育研究科を卒業後、公益財団法人横浜市体育協会で経営企画室、日産スタジアム管理を経て2014年に独立。現在はスポーツデザイナーとして、 スポーツの普及・スポーツ振興に幅広く関わっている。

http://decakids.com/

By 三河 賢文 (みかわ まさふみ)

“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。

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