中学校における運動部活動の地域移行など、子どもを取り巻くスポーツ環境に変化が求められている。これは部活動の顧問となる先生の負担を背景としたものだが、実際には解決すべき課題が山ほどあるようだ。

大学卒業後は千葉県船橋市の学校で教鞭をとり、サッカー部の顧問も務めていた渡辺さん。教員となって9年目からは、自身でサッカークラブvivaio船橋を立ち上げて指導に当たってきた。長く子どものスポーツ指導に従事してきた視点から、具体的な課題や現状、そしてご自身の取り組みなどについてお話を伺った。

目次

必要だったのは“選ばれる”チーム作り

教師を務めていた頃からサッカークラブを運営してきた渡辺さん。では、なぜクラブを運営するに至ったのか。その背景には、子どもたちの競技環境における課題があったようだ。

「1990年代後半から中学校の部活動ではなくクラブを選ぶ選手が増え始め、どんどん選手たちが市外に出てしまっていたんです。市全体のことを考えたとき、これを抑止するためにはクラブ化が必要だと考えました。」

当時、教師と警察の連絡会でクラブに通う生徒の素行(コンビニでのたむろや学校内での行動)について、話題に上がることがあった。それなら、船橋市にも選手たちから選ばれるクラブを作るべきではないか。そう思い、渡辺さんは教員を辞めてクラブに専念する道を選んだという。

「ずっと悩んでいました。教員という仕事は安定していますが、クラブに携わってくれている人は不安定。それなのに、自分が同じ立場にならなくて良いのか…と。正直、当初は辞めるつもりがありませんでした。でも、クラブを始めて2~3年で決意したんです。私が学校で受け持っていたのは知的障がい者だったのですが、子どもの増減が大きく、学校に長く在籍できないというのも一つの理由になります。」

学校では100人規模の部活動で指導していた渡辺さん。わざわざ外へ出るくらいなら、船橋市にも選ばれるチームを作れば良い。選手たちが育つことのできる環境づくりが始まった。

部活動で競技することの厳しさは、25年前から感じていたという渡辺さん。しかし当時、条例でナイターが使用できないなど色々な理由を背景に、市内にはクラブが定着しなかったという。実際にサッカークラブvivaio船橋の運営を始め、現在では2~15歳で約650名もの選手が所属している。

「基本的には土曜日と日曜日、そして学校後に練習しています。船橋市だけでなく、茨城県や東京都から通ってくれている選手もいるんです。人数は制限していますが、基本的に1時間以内で通えれば受け入れています。21時頃に送迎バスが駅へ到着するので、これ以上遠いと選手たちの身体に無理がありますから。」 

クラブにはチームとスクールがあり、チームは中学生が水・金曜日、小学生が火・木曜日に活動。スクールは曜日を問わず活動しており、中には他チームに所属する子どもも含まれる。平日練習していないチームなども多いため、この平日を使ってスクールに通う子も多いようだ。チームはジュニア約80名とジュニアユース約140名、スクール生は420~430名が所属している。

選手だけでなく親御さんへのケアやルール作りも大切

チームの規模が大きくなれば、それだけさまざまな問題の可能性が浮上する。クラブを運営・指導する中で、具体的に気を付けていることを伺った。

「『ここが正しい』という考えは持っていません。vivaio船橋が大切にしていることと、他チームに所属している子が板挟みにならないように。何か伝えるときは『こうじゃなければいけない』ではなく『この方が〇〇でしょ?』という視点で、選手に使い分けしてもらえるように考えています。また、最近はチャレンジしない子が多いので、『たくさん失敗して覚える』という気持ちが伝われば良いなと思っています。色んな子どもがいるからこそ、失敗しても切り替えてチャレンジして欲しいですね。」

指導者の中には、怒鳴って指導する人も少なくない。しかし、それでは競技がつまらなくなり、結果的にやめてしまうかもしれない。また、そうした指導では指示待ちで、自ら考えない選手になってしまう。だからこそ渡辺さんは、“教える”ではなく“選手から学ぶ”の規準を持って取り組んでいるようだ。

「親御さんへのケアも大切です。現在は情報氾濫で、わけのわからない知識が溢れています。例えばサッカー経験がないのに、SNSを見て『これが正しい』と言う人が増えているんです。そういう親御さんがいると、周囲も影響を受けてしまいますよね。ですから私は、クレームを一切受け付けないことをルールにしています。もちろん、自分たちが変わらなければいけない部分は謝罪しますが、親御さん問題はほとんどありません。しっかりルールを決めないと、中がごちゃごちゃしてしまいます。うちが嫌なら、他へ行ってもらえば良いですから。私は、じっくり取り組んでくれる子に集まってほしいと思っているんです。」

最初に緩いルールを伝えると、どこまでが良くてどこからダメなのか分からないため、踏み越えて来ないのだという。他にも誰かを批判したり、例えば相手側がP.Kを外した際に盛り上がったりするのもNG。何かあれば観戦に来ないか、チームを変えてもらうかを選んだもらうそうだ。こうしたルール決めは、多くの選手が所属するクラブチームにおいて重要と言えるだろう。

フィードバックのない日本の教育・競技環境

教員として学校部活動で指導に当たり、現在は自身でクラブチームを運営する渡辺さん。その視点から、現在の子どもを取り巻く競技環境の課題について伺った。

「日本の教育はブツ切りで、フィードバックがありません。例えば選手がジュニアユースでどうなり、さらにユースや大学でどうなっていったのか。こういうことが分からず、でも大切なことなんです。『もっとこういうことをしておけばよかった』という振り返りや、そのとき関わっている選手へフィードバックしようとする意識は、とても重要なことではないでしょうか。」

そのために必要なのが、地域クラブでしっかり面倒を見ていく仕組み。しかし実態として、自治体ごとに発想が異なっている。環境改善に向けては、長期的に“どうやっていくのか”を考えていく必要があるようだ。

「せめて、小中一貫で競技できる環境があればと思います。枠組みだけ決めて、関わる大人は誰でも良いというものではありません。何か取り組むにも、ちゃんとした舵取りをできる人材がいるかどうかが重要です。例えばグラウンド開放など、色んな仕組みを変えなければいけません。先生方が絡めば、法律なり条例なりを変える必要もあるでしょう。」

こうした強い意志や思いがあっても、意見を言える場所はないという。数年で倒れるようなものではなく、求められるのは長期的に続いていく改革。自治体主体ではなく、渡辺さんのように地域に根差し、第一線の現場で活動する方も巻き込んでの対応が必要なのかもしれない。

会費型とは異なる形でスポーツチームを支援する『サポタ』

子どもが減っている一方でスポーツの選択肢は増えているため、それぞれのスポーツ団体のコミュニティは縮小している。そもそも、スポーツを選択しない子どもも増加傾向にあるようだ。そんな中、渡辺さんが今後実現していきたいこと、重要視していることについてお話を聞いた。

「まず考えるべきは、暑さです。今は4月から暑くなり、9月末頃までこれが続きますね。いずれ、『よく暑い中、外で身体を動かしているね』と言われる時代が来るでしょう。ですから、暑さ対策を行わなければ選ばれなくなります。小さい頃から外で遊べる環境が減っていて、公園でもボール利用禁止なんていうことが多い中で、子どもは気軽にスポーツができません。環境を作っていかないと競技人口が減っていき、どんな競技も子どもたちの取り合いになるでしょう。」

確かに地球温暖化の影響なのか、暑い時期が長くなり、その気温も上がっている。暑い中でも快適に運動できること。また、暑くても運動したいと思える環境づくりが、今後は欠かせないのかもしれない。

「小さい頃に、どういうことを体得するかも重要です。例えばサッカー経験のある親御さんは、子どもをサッカーに行かせたがりますよね。しかし、小さい頃に力を見て、適正を見極めてあげることが必要ではないでしょうか。総合スポーツのような形で色んな競技に触れて、自分がやりたいものを選べる環境を作らないと、挫折して辞めてしまいます。ある意味で、親御さんへの意識教育も必要と言えるでしょう。」

渡辺さんは今後、少ない人数の団体が増えていくと見ている。その中では団体同士の合併も起きるが、それでも人数が少ない。では、どうやってクラブを成り立たせていくのか。これを支えるような仕組みづくりも課題であり、そのために『サポタ』という取り組みを行っている。

「現場での会費だけで存続していくことは、かなり難しくなります。子どもが来てくれなければ、潰れるだけですから。ですから単体の会費などではなく、他に軸を持たなければいけない。そのために、サポタとい仕組みを作りました。これは、サポタ内で商品を購入すると、その売上の一部が登録チームに支援金として振り込まれるというものです。現在競技している選手も、卒団した人も同じコミュニティに残る。あるいはサッカーに興味がなくても、応援という立場から入りたいと思えるコミュニティが必要です。そうしないと、過疎地域やマイナー競技にはチャンスがありません。例えばサポタで購入できる商品には、先ほど取り上げた暑さ対策に関するものがあります。暑さ対策は、スポーツするうえで誰もがお金を掛ける欠かせないものですよね。どうせなら、その購入でスポーツチームを応援しよう。これがサポタの仕組みです。」

サポタでは普通より商品を安く購入でき、さらに自分が応援したい団体を助けることができる。例えば20人の団体でも、数百~数千人から応援してもらえる可能性があるのだ。サポタは2021年3月にスタート、すでに354団体が登録しいるとのこと。子どもを取り巻く環境変化と共に、地域やクラブ自身もまた変化が求められる時代なのかもしれない。

渡辺 恭男(わたなべ やすお)

千葉県船橋市出身。日本体育大学を卒業後、教師として知的障がい児のクラスを担当。サッカー部顧問を務める。1999年にサッカークラブ「vivaio船橋」を発足。現在はクラブ運営や指導に携わりながら、チームと支援者を結ぶ「サポタ」などの事業に取り組む。

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By 三河 賢文 (みかわ まさふみ)

“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。

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