舗装された道路ではなく、山間部の登山路や未舗装の林道を走るトレイルランの人気が世界的に高まっている。長い歴史を持つマラソンなどロードの長距離走と比べると、トレイルランは比較的新しいスポーツだ。例えば競技を統括する国際機関として、国際トレイルランニング協会(International Trail Running Association、略:ITRA)が設立されたのは2013年のこと(*1)。また、世界陸連の認定競技種目にトレインランが加えられたのは2015年である。

*1. ITRA公式ウェブサイト

トレイルランの起源については諸説があるが、ウェスタンステイツ・エンデュランスランを世界最初のトレイルランのレースとする説がもっとも有力だ。このレースは、もともと馬が100マイル(160km)を走るものだったが、それを人間が初めて走ったのが1974年である。その後、トレイルランは徐々に広がり、2000年代になって急成長した。ITRAの発表によると、現在世界中に177万人のトレイルランナーがおり、25,000を越えるレースが毎年開催されているという。

目次

路面が違うと主に使用する筋肉も異なる

トレイルとロードの最大の違いは路面にある。きちんと舗装された道を走る場合、ランナーは基本的に同じ歩幅で一直線に前へと足を進めることができる。一方、トレイルでは路面には石や岩、枝、葉、砂、穴などがあるため、ランナーは常にそうした障害物に対応することを求められるのだ。

ロードを走るということは、メトロノームのような反復運動を繰り返すことだとも言えるだろう。走る距離が長くなるほど、反復の回数も増える。良いランニングフォームとは、その反復運動の間に使用する多くの筋肉(太もも、臀部、ハムストリングス、ふくらはぎ、など)を効率よく連動させ、負荷をなるべく均等に分散させる方法でもある。

ところが、トレイルではランニングフォームが不規則にならざるを得ない。障害物に片足を乗せる、左右に避ける、あるいは飛び越えるなど、さまざまな動作が常に求められるからだ。ロードを走るときとは違い、進む方向も常に前方だとは限らず、左右斜めへの動きを要求されることがある。そのため、トレイルランでは下半身の筋肉に加えて、体の軸を安定させる体幹の筋肉(スタビライザー)がより重要な働きをする。

走り方の違いによって、故障の原因も微妙に異なってくる。ロードを中心に走るランナーに多い故障は、膝や足首など同じ個所に負担が蓄積することによって起こる。いわゆる、「使い過ぎ症候群」だ。一方、トレイルの路面はコンクリートやアスファルトに比べると、「足に優しい」ことが多い。その代わり、転倒したり足首を捻ったりするような外傷が起きる率がやや高くなる。それでも、負荷が蓄積することによる故障は、トレイルランの方が比較的少ないとした研究(*2)がある。

*2. Differences Between Long Distance Road Runners and Trail Runners in Achilles Tendon Structure and Jumping and Balance Performance

ハイファ大学(イスラエル)の研究者らが2019年に発表したこの研究では、26人のロードランナーと17人のトレイルランナーを比較対象にした。最低でも週に3回以上走り、週間走行距離は20km以上、そして過去2年以内にレース出場の経験があることが条件だった。彼らのアキレス腱を調べたところ、ロードランナーはトレイルランナーと比較してアキレス腱への負荷が高く、衝撃を吸収するクッションの働きが減り、結果として故障の可能性が高くなることが分かった。

標高差と距離が生み出すレース感の違い

多くの坂を上り下りすることも、トレイルランのもう一つの特徴だ。もちろん、ロードでも坂の多いレースがないわけではないが、山間部を走るトレイルランは最初から坂があることが前提である。そのため、トレイルランのコース紹介では距離以外に、累積標高差が重要な情報になる。例えば過酷なレースの一つとされる『ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(L’Ultra-trail du Mont-Blanc、略:UTMB)』のコースはヨーロッパアルプスの山岳地帯を走り、距離169.4km ・累積標高差9,889mだ。上りと下りでは主に使用する筋肉も異なるので、ここでもトレイルランナーは筋肉への負荷を分散させられる。
そして、コースの違いはランナーのメンタル面にも影響を与える。平坦なコースを走るときと険しい坂を上り下りするときでは、同じ距離でもペースとタイムは大きく異なってくる。上り坂ではペースは落ちるし、下り坂ではペースを上げるのは容易だ。地形が作り出す坂の険しさや長さ、そして路面の状況は常に変化しているので、トレイルランナーはあらかじめ一定のペースを設定して走ることはできない。恐らくそのために、トレイルランナーはロードランナーと比べて、タイムを気にする人が少ない印象がある。都市型マラソンを走るランナーの多くは、自己ベストの記録更新を励みにするだろう。しかし、トレイルランナーがレース前に、目標完走タイムを口にすることは少ない。別の言い方をすれば、トレイルランナーは結果にモチベーションを求めず、自然の中を走るという行為そのものを楽しんでいる人が多いのではないだろうか。

筆者もロードを走るときより、トレイルを走るときの方がリラックスしているように感じることが多い。感じ方は人それぞれだが、走ることが好きでトレイルランを経験したことがない人なら、一度は試してみる価値があるのではないだろうか。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。