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審美系スポーツの「食の革命」。低体重から健康・プロポーション重視へ

審美系のスポーツは身体能力や技術、芸術性で競われる。外見の要素も影響すると考えられ、食事制限が課せられることが少なくない。しかし摂食障害や運動性無月経、骨粗しょう症などが報告され、例えば新体操団体の日本代表・フェアリージャパンを指揮する山崎浩子さん(1984年ロス五輪新体操 個人総合8位)も、現役時代に過度な減量による体調不良を抱えた。このことから、しっかり食べてその分だけ体を動かすことの大切さを全国各地で訴え続けている。

そんな中、新体操の世界で食の革命を起こした人物がいる。それが、大阪在住の嶋野麻美さんだ。茨木新体操クラブで、コーディネーションインストラクターとして指導補助や食事指導も行っている。嶋野さんの取り組みやそれに至った経緯、そして新体操あるいは審美系スポーツにおける課題について、ご本人に詳しくお話を伺った。

カロリー制限ばかり気にしていた

階級制の減量と審美系でもっとも違うのは、日常的に体型キープして食事を我慢すること。練習前に計量し、規定体重を上回ればランニングで体重を落してから練習させるという指導も未だにある。さらに、練習後も計量して前後の体重変化もチェック。これは、きちんと練習できているかを測るためだ。水分摂取による体重増加を気にして、練習中に水が満足に飲めないこともある。嶋野さんによれば、小学校低学年から減量している子どもが多くいるという。

「ある日、当時小学3年生だった長女のカバンに、飴玉の空袋がたくさん入っていました。長女もいくつか食べたのかもしれませんが、友だちが食べた分でした。『飴玉なら体重に響かない』と、子どもたちなりに考えたのでしょう。食べた袋を自宅に持ち帰れば親に怒られるからと、友だちの分をカバンに入れて帰ってきたのです」

嶋野さんの長女はもともと食が細く、痩せていたので過度な減量はしていなかった。しかし、小学1年生のチャイルドの重要な大会で上位に入ったことで、さらなる上位を目指す意識が芽生えた。2年生になると高いジャンプを軽やかに見せるため、「カロリーが少ないもの」「重量の軽いもの」と口にするようになったそうだ。

ご飯は子ども茶碗に半分。脂質を控え、肉は鶏胸肉、ささみ、魚は塩焼き。野菜はブロッコリーや葉物の野菜を取り入れていた。大学時代にスポーツ栄養学を学んでいた嶋野さんは「和食中心で野菜多めでカロリーは控えめ」と意識していたが、長女の身体に異変が起こる。

長女の身体が壊れてしまう

小学校3年生になると、長女は腰の痛みを訴えることが多くなった。嶋野さんは「大会前のハードな練習の影響だろう」と安易に考えていたが、治る気配がなく悪化の一途。ついに長女は思うように動けなくなり、病院へ駆け込んだ。診断結果は「腰椎分離症」。背中をそらす動きやジャンプから着地をする際に後方の腰椎に負担がかかること、あるいは後屈系の柔軟性の不足が原因だったのかもしれない。成長期のスポーツ選手に多く見られる腰椎分離症は疲労骨折の一種で、要因の一つに栄養不足があった。

そこで嶋野さんは食事の見直に着手。しかし、当時は新体操選手向けの栄養指導の教本がなかった。周囲にヒアリングしても「ブロッコリーとささみのお弁当でいい」「便通が悪いときや脂肪燃焼にはブラックコーヒーを飲めばいい」「0カロリー食品とサプリメントで十分」と偏った情報ばかり。新体操では低脂肪・低体重の選手が多く、初潮が中学校3年生で来ることも珍しくない。中には、大学生で薬を使って来させたという話もあった。

「そんな食事では娘の身体が壊れてしまう」と感じた嶋野さん。競技だけでなく長女の将来のためにもと、大学時代に学んだスポーツ医学やスポーツ生理学、栄養学を学び直す。さまざまな団体で学んだ末、出会ったのが競技性にもっとも合ったシンプルな食事理論だった。

歴然だった3週間後の身体の変化

受講したのは一般社団法人食アスリート協会の講習。食事を栄養学の観点だけで見るのではなく、トレーニングの一部と位置づけて考えることを重視していた。消化、吸収、代謝のメカニズムまで考え、アスリートのパフォーマンス向上を実現させる食事のスタイルだ。

お米を中心に6:4(お米:おかず)のバランスで食べる食アススタイルと呼ばれる食事のスタイルは、ご飯と具だくさんの味噌汁、おかずの3皿でつくられる。「食べると太る」の意識が強い新体操の選手たちにとって、皿数が少ないことも最適だった。

  • ご飯はもっとも大切なエネルギー源
  • 具だくさんの味噌汁でたんぱく質、ミネラル、ビタミン、食物繊維を摂取
  • おかずはタンパク質、脂質を摂取できる。

この3皿で手軽にバランスの良い食事を整えることができ、作り手の手間も軽減できる。

「長女は、お母さんは体育・栄養の知識があって、私のために一生懸命に勉強してくれていると信頼を寄せて、抵抗なく食事を受け入れてくれました。振り返れば、いつも低体温で35度台。肌はかさついて青白く、排便が3日来ないほどの便秘でした。食事を変えて体温は36度台になり、顔色も良くなって、便通が1日2回来る日もあるほど改善しました」

早速、所属クラブにかけ合って、嶋野さんは選手たちの食事指導にも着手。指導者も一緒に学びながら、選手・親御さんと三位一体で食の改革が始まった。

最初のうち、一時的に体重は増える。しかし、3週間後の身体の変化は歴然だった。お尻の位置が上がり、お腹にくびれができて全体的に引き締まっているのだ。選手たちもしっかり食べて練習していることから体幹が強くなり、「ジャンプが跳びやすくなった」と技術向上の声も。嶋野さん自身も、目に見えて変化していく選手たちの様子に熱い思いがこみ上げてきたという。

大切なのは競技を楽しみ、適切なプロポーションを作ること

成長期になると、よく新体操選手からは次のような声が聞かれる。

「身長が伸びて体幹の感覚が変わり、上手く回転できない」

「体重が増え、遠心力の関係からかバランスが取れない」

「手具を上手く操れない」

これについて嶋野さんは、体型が変わったからグラム単位で体重を管理しようとするのではなく、身体感覚を養うことの重要性を指摘する。

「回れないのなら、どうやったら回れるのか調整できる能力を持てばいい。もし、本当にグラム単位でパフォーマンスが変わるのなら、練習や試合でも汗をかけば体重は変化しているはず。着目するのは食事だけではなく、身体の骨格ポジションに合った動きが本当にできているのか。指導者が我流でやってきたことを教えるだけでなく、生理学的視点や科学的な視点も取り入れて指導していく必要があると思っています」

そう話す嶋野さんは、自分自身でも大きな気づきがあったという。

「長女に『今日のお味噌汁はこのお味噌を使ったよ、2つのお味噌を混ぜてみたよ』と、食事について話すことが増えました。すると『おいしいね、前と味が違う』と、長女が食事を楽しむ様子が見られるようになったんです。今まで時間がないから早く食べて、この間しか食べる時間ないからとコントロールばかりしていたと気づきました。食事ではなく、まるでエサやりのようだったと。栄養だけではなく、食べ方が大切なのだと教わりました」

今では嶋野さんの元へ、食事指導の依頼が多く寄せられている。中には指導者や親御さん、選手の三位一体で取り組めないケースもある。「食べるな」という指導者に内緒で、食事指導を受けにきた親御さんと選手がいた。しかし補食のおにぎりが指導者に見つかり、彼女はトイレでこっそり食べていたそうだ。体調の変化を実感しながらも、指導者の目を気にする生活。最後は板挟みに悩み、やめてしまった。選手自身だけでなく、周りの大人や指導者の意識改革も必要なのだろう。勇気を振り絞って着手した嶋野さんの食の革命は、子どもたちの意識を大きく変えた。

「ご飯を食べることを我慢していた小学3年生の子が、『こんなに食べてもいいんですね。食べても太らないんですね』と目を輝かせていたときには涙が出そうでした。新体操がもっと楽しくなったと言ってくれたんです。大切なのは、目の前の数字でもグラムでもありません。食事の基礎を作って、適切なプロポーションを作ることです」

現在は日本のトップ選手層も、プロポーションはもちろん女性の身体の健康重視に移行しつつある。競技性と結果を重視するあまり疎かにされてきた健康面との両立は、確かに今まで不可能だと考えられてきた。しかしこの先未来、両方を兼ねなくては結果にすら結びつかないのではないだろうか。「努力する者は楽しむものに勝てず」とは孔子の言葉だが、まさにその通りなのかもしれない。

嶋野 麻美(しまの あさみ)

食アスリートシニアインストラクター、健康食育Jr.マスター、キッズコーディネーションインストラクター。大体大健康科学コースでスポーツ医学について学び、中・高等学校1種免許(保健体育)。茨木新体操クラブにて指導補助、食事指導を行っている。

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[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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