1か月ほど前、筆者は右の太ももの裏側にある筋肉(ハムストリングス)を痛めた。草野球で内野ゴロを打ち、一塁へ全力疾走を試みた瞬間に痛みが。そのまま足を引き摺って退場し、現在もリハビリが続いている。

プロ野球ファンなら、これと似たニュースをよく見聞きしているだろう。野球選手にはハムストリングスの故障が多く、そのほとんどは走塁時に起こる。2023年に入ってからも巨人の中田翔選手や坂本勇人選手、そしてオリックスの森友哉選手が、ハムストリングスの故障で長期の戦線離脱を余儀なくされている。

ハムストリングスの肉離れは、突発的に起こるので予防が難しい。そして、いったんこの箇所を痛めると、回復するまでに長い時間がかかる。この事情はプロ野球でも草野球でも変わらない。休場期間は軽度の場合でも数日、中度あるいは重度になると月単位に及ぶこともある。草野球ならともかく、プロ選手にとっては引退という事態さえ招きかねない。しかも、ハムストリングスの故障は一旦治っても再発しやすい。非常にやっかいな問題なのである。

目次

MLBではハムストリングスの肉離れが2日に1回発生する

少し古いデータ(2011~2016年)になるが、アメリカのプロ野球選手におけるハムストリングスの故障に関する状況を調べた研究(*1)がある。

*1. Hamstring Injury Trends in Major and Minor League Baseball: Epidemiological Findings From the Major League Baseball Health and Injury Tracking System

メジャーリーグ(MLB)とマイナーリーグ(MiLB)に所属する選手が故障者リスト入りすると、そのデータは一元化されたシステムで管理される。また、収集されるデータには以下のような内容が含まれる。

  • 故障の発生日
  • 発生時のプレイ内容
  • 再発か否か
  • 医師の所見
  • 選手の年齢
  • レベル
  • ポジション など

研究者らはその膨大な故障データから、ハムストリングスに関するものを抽出・分析した。以下が、その主な内容だ。

  • MLBではハムストリングスの故障が2011年には39試合に1回発生し、2016年には30試合に1回まで頻度が増えた
  • その半数以上が走塁時に発生し、なかでも本塁から一塁までの間がもっとも多い
  • 平均休場期間は5日
  • 同じ個所の故障が再発する確率は3%

MLBは全30球団で構成されるため、シーズン中は毎日のように15試合が行われる。30試合に1回の頻度でハムストリングスの故障が発生するということは、2日に1回はその理由で戦線離脱する選手が出るということだ。

故障が起きるメカニズム

走る動作において、ハムストリングスは脚の前部にある大腿四頭筋と連動して働く。 大腿四頭筋が収縮するときには、その拮抗筋であるハムストリングスに伸ばされる力が加わる。そして、急激かつ大きな負荷に筋肉が耐えられないと、故障が発生するわけだ。

しかし、野球の塁間は僅か27.4mであり、ダイヤモンドを一周しても約110mしかない。その距離を走るだけで、なぜ鍛え上げられたアスリートまでもが故障してしまうのだろうか。そこには、野球というゲームの特性が理由として考えられる。

野球選手は、試合中ずっと走り回っているわけではない。打順を待ってベンチに座っている時間もあれば、守備位置で立ち止まっている時間も長い。たとえ入念なウォームアップを試合前に行ったとしても、試合中には筋肉が冷えてしまっていることもあるだろう。そこで、突如として速筋を使った爆発的な動き、つまり全力疾走を要求される。そうなれば、筋肉が悲鳴を上げても仕方がないのだ。

リハビリの重要性と注意点

こうした野球の特性は変えられないので、選手はそれに対応するしかない。ハムストリングスの故障はしないに越したことがないので、予防が最良の対策だろう。しかし、故障が起きてしまったのであれば、そこからできるだけ早く回復する方法を探ることになる。

リハビリとは、長く複雑なプロセスだ。どのタイミングでどの動きをどれだけの強度で行うべきか、体の状態を見極めながら選択していかなくてはいけない。なるべくなら理学療法士やアスレチック・トレーナーなど、専門家の指示を仰いだ方がよいだろう。それができない場合は、気をつけるべきことが一つある。リハビリとは、痛みが生じる前の状態に戻るわけでは終わらないということだ。愛媛県新居浜市で接骨院を経営し、加圧トレーニングの上級インストラクターでもある近藤敬氏は、故障後のリハビリについて次にように語っている。

「捻挫や肉離れなどで一度痛めてしまったところは、痛みがなくなったとしても筋力が弱くなっています。弱くなってしまった筋力を元どおりにしないまま運動すると、再発することが多いのです。『肉離れはクセになる』と言われる理由が、ここにあります。」

近藤氏は元高校野球選手であり、大学野球チームのトレーナーを務めた経験もある。野球のスパイクを履いて走るときには、足底が滑らないことで、地面を引っ掻く筋力がより大きく要求されることを忠告してくれた。

現在の筆者は、故障によって弱ってしまったハムストリングスの筋力を増やすため、地味な努力を日々実行中である。デッドリフトやレッグ・カールといった筋トレ種目の重量と回数を徐々に増やし、そして短距離走のスピードを少しずつ上げていく。痛みを感じたら、それより前の強度に戻してやり直す。決して楽しい過程ではないが、野球に限らずスポーツを続けるためには、やるしかないと考えている。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。