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◆「名物相撲部屋」の閉鎖決定

大相撲春場所は中日を迎えた。両横綱が休場して不在となり優勝争いが混沌とする中、今場所で幕下ろす「名物相撲部屋」がある。ハワイ出身の元関脇・高見山が高砂部屋から独立し、外国人で初めて部屋を構えた。部屋からは外国出身力士初の横綱・曙が誕生。個性的な関取も多く、その筆頭が元小結・高見盛だった。立ち合い前に顔や胸を叩いて気合いを入れる独特の動きから「ロボコップ」の愛称で親しまれた。

 

引退後、部屋付き親方とあった高見盛は、2019年12月に先代師匠の元幕内・潮丸の死去に伴い、暫定的に東関部屋を継承した。高見盛は「1年限定」で師匠を務めてきたが、このまま部屋を引き継ぐことは難しいと八角理事長に申し出た。後継者選びは不調に終わり、4月1日付で東関部屋に所属する力士らは同じ高砂一門の八角部屋への転属することが決まった。高見盛は相撲協会を通じ「1年間、師匠として私なりに精進してきたが、力士たちにとって、より良い稽古環境などを求め、転属させていただく決断をした」とコメントした。

 

学生のときも現役時代も、愚直なまでに相撲一筋だった高見盛。44歳となった現在も独身で、高見盛を知る人たちは「こだわりが強く、1つのことに集中するタイプ」と口をそろえる。真っ直ぐな性格だけに、周りを見たり、バランスを考えて調整したりすることが苦手。相撲ファンも、おおむね同じように見ているだろう。高見盛自身も自覚していて「自分は師匠の器ではない」と漏らしていたという。

 

◆高見盛に同情論 協会への批判

東関部屋の閉鎖が決まり、高見盛への同情論に加えて、相撲協会や八角理事長への批判が高まっている。インターネット上では「はじめから本人が師匠は無理と言っていて、指導者向きではないことは周囲も分かっていたはず。折衷案で1年だけ暫定的に師匠をやっていた期間に、後継者を決められなかった協会や理事長に責任があるのではないか」、「適材適所を判断して責任を取るのが、組織の上に立つ人たちの仕事」、「本人が嫌がっているのに無理矢理やらせても、嫌が先行するから続かないのは目に見えている」といった意見が上がった。

 

「適材適所」、「組織の責任」。こうした批判は相撲協会だけではなく、一般企業にも当てはまると感じている人も多いだろう。通例に沿って後継や役職を決めたり、適性のない役割を組織の事情で任せたりするのは、誰にどんなメリットがあるのだろうか。

By New Road 編集部

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