南半球の強豪4カ国、ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンによる世界最高峰の対抗戦『ザ・ラグビーチャンピオンシップ』の開幕を前に、ニュージーランド代表のオールブラックスが危機に陥ってる。2022年7月にニュージーランドで行われたテストシリーズで、オールブラックスはアイルランド代表と3試合を実施。初戦は42-19で勝利したものの、2戦目からはアイルランドがしっかり修正して、オールブラックスはまさかの2連敗 (12-23、22-32) でシリーズを落としてしまったのだ。

特に2戦目以降、オールブラックスはFW戦で劣勢に立たされ、持ち味でもある速い展開での攻撃に加えて、ディフェンスでも本来の粘り強さが影を潜めた。見事にアイルランドに粉砕され、衝撃を受けたラグビーファンは多いだろう。しかし、依然として一気にトライを取る力があるところを見せ、これは明るい材料かもしれない。

目次

ホームでのテストシリーズ敗戦で荒れたニュージーランド

オールブラックスが負けたら「この世の終わり」と言われることがあるが、ある意味で的を射ている。敗戦直後からSNSはもちろんのこと、翌日のニュースではトップで扱われ、週が明けてもトークバックのラジオで大荒れになるのは毎度のこと。しかし今回は、荒れ方がいつもと違うのを感じた。それは、ニュージーランドの地でアイルランドに歴史的な初勝利を許したうえ、最終戦にも敗れ、ホームでのテストシリーズを1994年以来で落としまったことが大きいのかもしれない。

それに加え、直近5試合で1勝4敗 (昨年末の北半球遠征でアイルランドとフランスに敗戦)と大きく負け越し、そのうちアイルランド代表には1勝3敗と完全に上をいかれることになった。さらに、現ヘッドコーチのイアン・フォスター氏が2020年に就任してから、オールブラックスの歴史上で見ても非常に低い勝率に陥っていることもあり、大荒れするのも無理はないだろう。

『ザ・ラグビーチャンピオンシップ』の開幕直前の時点で、世界ランキング1位のアイルランドと2位のフランスは、両国とも近年力をつけてきた。しかし、それでもオールブラックスについて、パフォーマンスの低下を感じられずにはいられない。ランキングも過去最低の4位まで落ちる不振ぶりだ。

これにより、多くのメディアやラグビーファンが「オールブラックスのヘッドコーチとキャプテンを辞めさせるべきだ」と声を上げた。これは、ニュージーランド国内だけに留まらず海外メディアやコメンテーターも同様の注目度であり、それだけオールブラックスが危機に陥ったということの表れかもしれない。

さらに追い打ちをかけたのが、シリーズ敗戦の試合翌日に予定されていた会見。NZラグビー協会は何の説明もなく「ヘッドコーチは会見に来ない」と告げ、ドタキャンするというメディアを軽視した判断を下したのだ。当然ながらメディアの怒りを買い、ヘッドコーチが会見を逃げたという憶測が飛び交い、連日トップニュースで取り上げられ批判が過熱した。これについては二日後にNZラグビー協会から「既に批判の的になっているヘッドコーチとキャプテンを会見で、パンチングバック状態にはさせたくなかった」などと文章で説明を発表したが、その効果は薄かった。

さらに、NZラグビー協会のCEOが「アイルランド戦のパフォーマンスについて受け入れられない」などの強い言葉を使って声明を出したため、何か動きがるのではとさらに憶測が飛び交った。しかし、ドタキャン会見から5日間の沈黙を経た会見でヘッドコーチの解任はなく、首脳陣の体制も代わり映えのないものに。これについて周囲の反応は拍子抜けというより、もはや諦めに近いようにも見えた。

この決断、そして表に出て言葉を発しないNZラグビー協会のCEOの態度について、ニュージーランド国内のメディアやラグビーファン、さらに元選手や元コーチからはNZラグビー協会への信頼が低下したとも受け取れるコメントが。オールブラックスのパフォーマンスに限らず、ニュージーランドラグビー自体が危機に陥ったとさえ感じられる事案である。

FWの立て直しのために急遽FWコーチとして抜擢されたライアン氏

苦戦するオールブラックスのFWの立て直しに救世主が現る?

雰囲気が良いとは言えない中でも、『ザ・ラグビーチャンピオンシップ』の開幕カードである南アフリカ戦に向けて準備をしなくてはいけない。大会に向けてオールブラックスのトレーニングキャンプが始まる直前にFWコーチの交代が発表され、ジェイソン・ライアン氏が呼ばれた。

なぜ、ライアン氏が急遽呼ばれたのか。その目的は明確だろう。ライアン氏は現在スーパーラグビーで6連覇中のクルセイダーズのFWコーチ。そして、今回オールブラックスのFWコーチに抜擢されるまでは、フィジー代表のFWコーチもしていた名コーチだ。そのフィジー代表が2021年にオールブラックスと戦った際、オールブラックスのFWに善戦して慌てさせるなど結果を出している。そして、一番の実績がクルセイダーズのFWコーチとしてスクラム、ラインアウトのセットピースを軸に、安定感抜群のFWを作り出しているコーチングだろう。

オールブラックスはアイルランド戦で、ラインアウトからドライビングモールで簡単に何度もトライを奪われた。一方、ラインア氏がコーチするクルセイダーズは、ドライビングモールで相手にトライを一度たりとも許していない。オールブラックスの復活にはこのドライビングモール対策が必須であり、ライアン氏に声がかかったのは納得できる。

しかし、スーパーラグビーレベルで通用しているからと言っても、テストマッチのトップチームのレベルで通用するかは別の話になるだろう。ライアン氏の加入からわずか2週間で南アフリカとの試合となるが、短期間で結果が出るほど世界のトプレベルは甘くない。まして、相手は日本で開催された2019年のワールドカップのチャンピオンで、強力なFWを有する南アフリカが相手だからなおさらだ。

ヘッドコーチのイアン・フォスター氏より、オールブラックスのFWの立て直しの救世主になるかも知れない、ライアン氏のコーチングに期待が集まっていると言っても過言ではない。ライアン氏のコーチングがオールブラックスに即効性を生み、FW戦でも本来の激しさを取り戻して、持ち味の速い展開を再び取り戻すことができるのか。この点は注目すべきポイントだろう。そして、何より南アフリカが得意とするハイパント攻撃、ラインアウトからのドライビングモールにしっかり対応できるかが最大のカギとなるだろう。

オールブラックスはレギュラークラスに怪我人が多数出ており、圧倒的不利な状態だ。そんな中、南アフリカの地で勝利することは、かなり厳しいかもしれない。しかし、あと一年に迫ったラグビーワールドカップに向けて、若手を試すチャンスでもある。ラグビー王国と言われているニュージーランドにおいて、国民の期待を裏切らないよう、これ以上の負けは許されない状態だ。一方、オールブラックスが復活する手がかりとして、チームに再び勢いをつけるにはもってこいの相手ではないだろうか。勝てば自信を取り戻し、強いオールブラックスの復活も十分にあり得るはずだ。オールブラックスの復活をかけた南アフリカとの激突は、今季最大の注目カードになるだろう。プレッシャーはかつてないほど大きいが、まずは初戦で勝利できるかが一番の鍵となりそうだ。

By 松尾 智規 (まつお とものり)

ニュージーランド(NZ)在住。野球少年がレギュラーの座を捨てて高2でラグビー部に転向。無名校ながら花園が狙える位置まで押し上げるなど活躍が認められて企業チームへ。挫折を経験するもオーストラリア遠征を機に海外ラグビーに挑戦したいと思い立ち、全く英語が出来ないのにNZの現地のチームに飛び入りで挑戦。3シーズン繰り返すほどNZラグビーの虜に。その後、NZに永住してプレイを続けるが度重なる脳震盪の影響と最後は首の怪我で一線を退く。 後遺症と向き合い、地道にリハビリの日々を重ねながらライターとして活動中。スポーツだけでなく、投資、料理、お菓子作りなど幅広く興味を持っており、オジサンながらNZの地でラグビー復帰を狙う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。