2022年5月、米国在住のある市民ランナーのSNSが炎上した。5月1日にオハイオ州シンシナティで行われた『The Flying Pig Marathon』に両親と6人の子供からなる大家族がフルマラソン(42.195km)にエントリーし、全員が手を繋いでゴール。完走タイムは8時間35分だった。問題が起きたのは、その家族の中に6歳の男の子が含まれていたからである。

両親がそのゴール写真をSNSに投稿すると、「幼い子供にフルマラソンを走らせるのは虐待だ」という非難が殺到。ついには、地元の公的児童保護サービス(Child Protective Service, 略称CPS)が自宅を調査訪問する騒ぎにまで発展した。CPSが虐待と認定すると、両親や児童自身の意思にかかわらず児童は施設に保護され、両親には接見禁止の命令が下されることもある。

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虐待を疑われた両親の反論

こうしたSNSの炎上騒ぎは、発端となった投稿の削除や、本人からの反省あるいは謝罪のコメントで鎮静化が図られることが多い。しかし、この両親は彼らに向けられた批判に、真っ向から反論する道を選んだ。この家族のゴール写真は現時点でもインスタグラム上にあり、誰でも見ることができる

 
 
 
 
 
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さらにレースから1週間後、この両親は幼い子供がマラソンを走ることについての考えを述べた公開書簡「An open letter about allowing our children to run marathons…」を発表した。書簡には、執筆者であるベン&カミ・クロフォード夫妻と6人の子供の名前が記されている。最年少である6歳児の名前はレーニア君だ。

クロフォード夫妻は、まずフルマラソンをスタートすることもゴールまで走り続けることも、すべてレーニア君自身が望んだことであり、決して強制したわけではないと述べている。レーニア君はコース途中で疲れのために泣き出したことはあるが、止めたいとは口にしなかったということだ。スタートからゴールまで両親2人が付き添い、水分および栄養の補給や休憩を含めて、レーニア君の健康と安全には十分な配慮したことも強調している。

実際のところ、8時間35分というタイムは“完走”とは言い難いもので、レーニア君はコースのほとんどを走るのではなく歩いたのであろうし、かなり頻繁に休憩を取ったはずである。事の是非はともかくとして、それだけの長時間を幼い子供と一緒に進んだクロフォード夫妻の忍耐は、誰にも容易に真似できることではない。

そもそも、レーニア君がマラソンを走りたいと言い出したのは、年上の兄弟姉妹が走るところを見て、自分もやってみたいと思ったからのようである。クロフォード夫妻にはずっと以前から走ることが子供たちの健康と幸福に繋がるという信念があり、子供たちと一緒に多くのレースを走ってきた。長距離走が子供の健康に悪影響を及ぼすかどうかについて、クロフォード夫妻は2010年に発表されたある学術論文(*1)を引用している。

*1. Youth marathon runners and race day medical risk over 26 years.

これによると、ミネソタ州で毎年行われる『ツイン・シティ・マラソン』を走った7歳から17歳までの未成年ランナー310人のうち、レース後に医療チェックが必要とされたのはわずか4人だけだったとのこと。未成年ランナーがマラソンを走った後、医学的な危険が及ぶ確率は成人ランナーのそれと大きく変わらず、かえって少ないくらいだと論文著者らは結論で述べている。

長距離走レースの年齢制限

しかし、先の論文の結論は、広く世間から受け入れられているとは言い難い。フルマラソンは18歳以上を出場資格としていることが大多数であるし、10kmやハーフマラソンで13~15歳以上、5kmは10~12歳以上くらいが常識の範囲だ。ましてや6歳児が走るレースなら、普通は1~2km程度の距離がせいぜいだろう。

幼い子供には長距離を走らせるべきではないというルールを、クロフォード夫妻は不当な偏見に基づく差別だと捉えているようだ。公開書簡の中で、かつて女性はフルマラソンに参加できなかったことに触れ、1967年のボストンマラソンでレース中に妨害を受けたキャサリン・スウィッツァーさんを例に挙げている(※公開書簡では1973年の出来事だと誤った記載になっている)。

そもそも今回の騒ぎの発端は、『The Flying Pig Marathon』がレーニア君を含めて子供のマラソン出場を公式に認めたことにある。2022年度のレースでは0歳から17歳までの部が男女別に設けられ、その中にゼッケン#3695のレーニア君が含まれている。

しかし、このマラソン主催者側には子供がマラソンを走ることに対して、クロフォード夫妻ほどの確固とした信念があったわけではなさそうだ。大会ホームページ上に掲載されたレース後の通知記事(*2)によると、今回の件はクロフォード氏からの強い要請を受けたことによる不本意な特例措置であって、来年からは出場資格を18歳以上に定めたルールを厳格化するということだ。

*2.  An Open Letter from Iris Simpson Bush.

クロフォード一家は、これからも家族全員で走ることを続けるだろう。しかし、公式タイムと完走メダルを手にすることができるレースは、ますます少なくなっていくと思われる。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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