スイム、ラン、バイクという3種目で競うトライアスロン競技。オリンピックの正式競技であり、国内でも各地で大会が開催されている。そのため、競技自体を知っているという方は多いだろう。しかし、実際に競技するとなれば、過酷なイメージ等から後ずさりしてしまうかもしれない。

1.5kmのスイムと40kmのバイク、そして10kmのラン。これを「オリンピック・ディスタンス」と呼び、トライアスロンでもっともポピュラーな距離だ。その他、もっと長いミドルやロング、あるいは短いスプリントと呼ばれるものもある。3種目すべて競技するということもあり、確かに過酷に思われるかもしれない。しかし、それでも多くの方々がトライアスロンに挑戦している。何を隠そう、私もその中の一人だ。

では、トライアスロンにはどんな魅力があるのだろうか。今回、プロトライアスリートとして活躍する、古山大選手にお話を伺った。各種目の攻略ポイントや注意点などと合わせ、是非ご覧いただきたい。

目次

3倍の試行錯誤と3倍の楽しさ

何かを新しく始める際には、何かしらのキッカケがあるものだ。知人の誘い、家族からの勧め、一流選手への憧れ、あるいは偶然目にした広告など。トライアスロンについても、競技開始にはさまざまなキッカケが考えられる。プロとして活躍する古山さんは、どんなキッカケからトライアスロンを始めたのだろうか。

「トライアスロンを始めたのは、9歳の頃です。通っていたスイミングクラブにトライアスロンクラブが併設されており、そこの会員の方々が、自転車をローラー台に固定して練習していたんです。それを見て、『あの自転車に乗ってみたい』と思ったのがキッカケでした。でも、実際にトライアスロンクラブに入って指導を受けるようになるまで、トライアスロンのレースを見たことはなかったんです。ですから、ただロードバイクに乗りたいという理由だけで競技を始めました。」

トライアスロンではなく、自転車に興味を惹かれたのがキッカケだったという古山さん。プロとして活躍するアスリートでも、競技を始めた理由は偶然の出会いが多いのかもしれない。9歳といえば、それから約18年も競技していることになる。果たして、何がそれほど古山さんをのめり込ませたのだろうか。

「トライアスロン独自の魅力は、研究していく余地がたくさんあるところですね。一つの種目を極めるのと違い、トライアスロンは3種目それぞれを極めるために、日々のトレーニングを立案する必要があります。単純に計算すると普通の競技の3倍、試行錯誤する要素があるということになるわけです。例えば日々のトレーニング一つ取っても、トレーニングの立て方や各種目の兼ね合い、疲労回復の時間をどう確保するか、水泳練習で行った持久トレーニングが他2種目にどんな影響を与えるのかなど、考察すべき要素がたくさん現れます。それら一つ一つを試したり予想を立てたりして、そこから得られる練習効果を評価したうえで次の強化の方針を決める。そして、目標レースで目論見通りの結果が得られるようにするんです。単体競技でも行われる練習から試合へ向けた試行錯誤の繰り返しが、3種目あることによって、より複雑かつ多くの選択肢から最適解を探していくことなります。そうやって自分の能力を作り上げていくことは、他の競技にない楽しさだと思うんです。」

トレーニングを立てるだけでも難解なトライアスロン。だからこそ、思惑通りにレースで結果が出たときの嬉しさや楽しさは、まさに単体競技の3倍だと笑顔で話してくれた。身体はもちろん、練習段階から頭もフル回転な競技だが、そこに古山さんを惹きつける魅力が隠されているようだ。

崩れた心に再び火を灯した担任の言葉

長い競技生活の中では、きっと困難もあったはずだ。これはスポーツに限ったことではないが、当然ながらプロとして活躍するのは容易なことではない。実際、古山さんも順風満帆に道を歩んできたわけではなく、大きな苦難を乗り越えてきた。

「高校卒業後の進路を決める時期で、ちょうどバイク練習中に落車し、数カ月間にわたって練習に復帰できなかったことがありました。当然、卒業後もトライアスロン選手としてのキャリアを歩んでいくつもりだったのですが、その落車を発端とするさまざまな問題からバーンアウト(燃え尽き症候群)のような状態に。一時は、トライアスロンを辞めようと思ったこともあったんです。トライアスロンに対するやる気が出ず、でも、トライアスロン以外にやりたいことはない。そんな状態で、進路について何も決めないまま夏休みに入ってしまいました。すると、当時の担任が夏休み中の職員室へ私と親を呼び出し、進路について3者面談を始めたんです。2年時の進路希望調査ではスポーツ系学部への進学を希望していたので、そういう学部をいくつか提示してくれました。さらには、トライアスロン部があるかどうかも含めて。しかし、私は『トライアスロンもスポーツ系学部も、なんだったら進学も別にどうでもいい。適当な大学に行って適当に卒業する』と、進路に対する意志が何もない状態です。そんな私に対して担任は『教師としては君の意見を尊重して、そうした適当に進学する大学を提示してあげるのが良いのかもしれない。だけど“トライアスリート古山大”の1ファンとしては、古山君にトライスロンを辞めてほしくはないかな。』と言ってくれました。その言葉を聞いたとき、私の中で落車を発端として起きた色々な問題に対して、決着がついたんです。『これだけ自分のことを想って応援してくれている人がいる』ということが、燃え尽きた自分の心に再び火が灯るキッカケとなりました。」

担任からの言葉で、トライアスロンへの気持ちが再び燃え上がった古山さん。その後はトライアスロンを続け、選手として世界で戦うことを目指すと決断し、流通経済大学への進学を決めた。そして、現在もプロとして世界と戦う古山さんだが、トライアスロンを続ける中では根底にある気持ちがあると教えてくれた。

「完走者は皆が勝者である。この言葉が、競技するうえで私の根底にあります。これは、トライアスロンの大元である『アイアンマン・トライアスロン』と呼ばれる種目の考え方。泳いで、漕いで、走るという過酷な競技をやり切った者は、順位にかかわらず皆が勝者であるというものです。私はもともと、そこまで争いごとが好きではありません。でも、この『完走者は皆が勝者=自分自信に打ち勝てたものが勝者』という考え方に、子供心ながらひどく感銘を受けたのを覚えています。自分自身に勝つために、周りのライバルには負けたくない。そうと思えたことが、現在に至るまでトライアスロンを続けてこられた理由だと思っています。」

この言葉は私も聞いたことがあるが、実際に競技してみると、これほど心に沁みる言葉はないかもしれない。単純な競技の過酷さはもちろん、競技中にはさまざまな出来事が起きる。そうした不測の事態も含めて自分に打ち勝つからこそ、ゴールへとたどり着けるのだ。

とはいえ、もちろん苦しいことばかりではない。例えば、大会に出たときに「大!大!」と応援してもらえるのは、競技していて一番嬉しいときだと話してくれた。他にも、練習が上手くいったりレースで結果が出せたり、嬉しいことはたくさんある。それでも、周囲からの応援は自分一人がいくら頑張ってもどうにもならないこと。「応援してくれる人がいると、とても嬉しくなります」という古山さんの表情からは、心からの喜びを感じ取れた。

トライアスロンを楽しむための攻略ポイントと注意点

トライアスロンに興味を持ち、いずれ挑戦してみたいと考えている方もいるだろう。あるいは逆に、自分には無理だと決めつけてしまっている方もいるかもしれない。そこで古山さんに、どんな人にトライアスロンが向いていると思うか尋ねてみた。

「基本的に、どんな方でも楽しめるスポーツだと思います。マラソンに継ぐ生涯スポーツにもなり得るのではないでしょうか。性格的な面で挙げるとするならば、課題を自分で見つけて、それをクリアしていくことに面白みを感じられる人。また、3種目の時間やトレーニングの兼ね合いなど、複雑なパズルを完成させるようなことに面白みを感じられる人なら、トライアスロンを楽しめると思います。」

確かにトライアスロンの大会へ出場すると、年配の選手もたくさん見かける。それは体力だけでなく、戦略なども競技における重要な要素だからかもしれない。

とはいえ、もちろんスポーツである以上、競技力は重要だ。そしてトライアスロンは3種目で構成され、それぞれに鍛錬を重ねる必要がある。たとえ完走することが目標でも、準備なくして達成することは難しいだろう。そこで、各種目とトランジッション(種目間の繋ぎ)の攻略ポイントや注意点を、古山さんにご指南いただいた。

スイム

<完走目標>
スイムは、レース全体のウォーミングアップと捉えてください。気持ちよく体を動かして、ちょうどバイクに移るくらいのタイミングで体が温まってくる感覚がベストです。トライアスロンは長丁場になります。基本的に競技中に休み時間はないので、体力の消耗を極力抑えて行くのがベターでしょう。スイムは体が水に浮いているので、工夫次第で余計な力を使わずに済みます。水に運んでいってもらうような、気持ちよく準備体操をするくらいの感じで泳いでみてください。

<記録を狙いたい>
記録を狙おうとする方でも、全力で飛ばすのは避けましょう。イメージとしては、体力全体の1~2割程度をスイムに使う感じです。バイクとランは重力が体にかかる関係上、体力の消耗が激しい種目になります。全力で速く泳げるようになる練習をするくらいなら、楽に維持できるスピードを上げる練習をしてみてください。

バイク

<完走目標>
スタートからゴールまで維持できるであろうスピードでスタートしてください。このとき、最後にバイクを降りるとき「あとちょっと早くできたかな?」と思えるくらいのスピードがベストです。また、補給食と水分は確実に取るようにしましょう。体の吸収の関係上、バイクで摂ったエネルギーがランニングで活かされることになります。確実に完走を目指すなら、バイクパートでの補給が重要です。

<記録を狙いたい>
一番よくないのは、ペースが後半に向けて落ちていってしまうこと。なぜなら、過剰負荷になってランが走れなくなる可能性があるためです。その距離を維持できるスピードや出力をある程度把握しておいて、スタートからゴールまで速度が変わらないことを意識して漕いでみてください。使う体力は、10を全体としてみたときの34。スイムと合わせ、この時点で56になってるとベストです。

ラン

<完走目標>
とにかく無理はしないこと。先を見すぎず、一歩一歩を確実に進んでいくことを目指してください。必要であれば歩くことも大切です。ただ、立ち止まってしまうと動き出すのが大変になります。どうしても走り続けられないときでも、歩いて進むことは止めないようにしましょう。ランニングでは、いかにそれまで体力を温存して来られたかが重要になります。ゴールまでの距離を計算して、飛ばしすぎないように注意してください。

<記録を狙いたい>
こちらもペースを乱さないように、ゴールまでの距離と自信の体力を計算して走ってください。淡々と同じリスムを刻んでいくようにして走れれば、体力の消耗もいくらか抑えられるはずです。記録を狙いたいなら、ランニングを2分割したときに、前半よりも後半のタイムの方が早くなることを意識して走りましょう。前半で飛ばすよりも好タイムが出るはずです。

トランジッション

<完走目標>
大会によっては、しっかり補給を取ることのできるポイントになると思います。焦らず補給と装備をしっかりと整え、次の種目に向かうようにしてください。

<記録を狙いたい>
極力無駄なことはしないよう心がけてください。例えば、補給は自転車に乗りながらでもできるので携行していく。また、シューズは紐ではなく、ゴム紐のすぐ履けるタイプのものにするといった工夫でも時間を短縮できます。

その他、全体的な注意点とポイント

トライアスロンは準備のスポーツです。レース当日にできることと言えば、ウォーミングアップとペーシングくらいのもの。練習の段階から「何を目指すのか」と「何が起きそうか」を可能な限り明確にし、それに対処ができるような準備をして臨んでください。

自分に合った楽しいトライアスロンライフ

古山さんへのインタビューを通じて、私自身もトライアスロンの魅力を改めて確認できた。本記事を通じて、トライアスロンという競技に興味を持たれた方もいるのではないだろうか。そんな方々に向けて、最後に一言メッセージを頂いた。

「トライアスロンは人と競っても、自分ひとりで突き詰めても楽しいスポーツです。練習方法や時間配分、仲間とやるのか一人でやるかなど、さまざまな選択肢から自分なりのやり方を見つけ出せる珍しいスポーツだと思います。自分に合った形を見つけて、トライアスロンライフを楽しんでください。トライアスロンは、本当に魅力的なスポーツです。そして、それに関わる選手たちも魅力的な選手がたくさんいます。今現在、国内外を主戦場としている「エリート選手」と呼ばれる選手たちは、競技に対する姿勢や取り組み考え方、そしてキャラクターなど本当に多種多様な面々が揃っています。SNS等で積極的に発信を行っている選手ばかりですので、お気に入りの選手を見つけて応援していただけると、とても嬉しいです!」

国内では、まさにこれから各地でトライアスロン大会が開催される。実際に足を運び、その目で選手たちの姿を見てみるのも良いかもしれない。いきなり3種目のトレーニングを始めるのは大変なので、まず得意なものから始めてみるのも一つの方法だろう。トライアスロンに魅力を感じたなら、ぜひ出来ることから一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。

古山 大(ふるやま たいし)

1995年4月28日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業後は実業団チームに所属。2020年1月に独立し、プロトライアスロン選手として活動。株式会社セクダム所属。

<主な戦績>
2015年「日本学生トライアスロン選手権」優勝
2017年「日本U23トライアスロン選手権」優勝
2018年「アジアU23トライアスロン選手権」2位
2019年「茨城国体」3位、「日本選手権」11位
2021年「日本トライアスロン選手権」4位

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[著者プロフィール]

三河 賢文(みかわ まさふみ)
New Road編集長。“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表、NPO法人HASHIRU理事。
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By 三河 賢文 (みかわ まさふみ)

“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。

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