突然ですが、同じ走力の選手2人が競争するとイメージしてみてください。Aの選手はゴールまで200mの地点から、Bの選手はゴールまで100mの地点から、それぞれ同時にスタートします。この2人の選手がまったく同じ速度で走ったとき、先にゴールに辿りつくのはAとBどちらの選手でしょうか。この答えは、考えるまでもなくBの選手が先にゴールしますね。

このように、レース系のスポーツにおいて「スタート位置をどう設定するか」というのは、順位に直接影響の出るかなり重要な問題です。そのため、例えば陸上競技であれば、走行距離が長くなる外側のレーンほどスタート位置を奥側にし、全ての選手の走行距離が同じになるようにします。トライアスロンでも、それは変わりません。なるべくすべての選手が公平にスタートできるよう、スタート位置が設定されています。

しかし、トライアスロンは陸上競技のトラックと違って、自然を舞台にして行う競技です。たとえ走行距離が公平でも、スタート位置の選択によっては自然現象や外的要因による有利不利が発生し、レース全体の流れを変えてしまうことは多々あります。今回はトライアスロンで、スタート位置が一体どのようにして決められているのかをご説明します。なお、トライアスロンは「スイム」「バイク」「ラン」という3種目で競う競技ですが、スタートに当たるのはこのうち「スイム」です。

目次

スタート位置によって有利不利はあるのか

基本的に、スタート位置によって有利不利は発生しません。トライアスロンのルールとして、「スタートラインの両端から第一ブイまでの距離が、等しくなるように設定しなければならない」という感じのルールがあります(この文言が正しいわけではありません)。このルールだと、中心の選手は泳距離が短くなり有利に見えるでしょう。しかし、中心は選手が密集して他選手との接触が多く起こるため、そこまでのメリットは感じられません。実際のところ、トップ層の選手であってもスタートラインの中心を好んで選択する選手は少なく、大抵が両端に近い位置を選択します。

一方で、明確に有利不利が発生する場合があります。それが、水の流れや波の向きなどの自然現象による有利不利です。しかし、ルールでこうしたことまでカバーするのは、ほぼ不可能と言えるでしょう。そのため、トライアスリートはこの自然現象に対して、どの位置が有利になるかを考えながらスタート位置を設定します。次は、そんなスタート位置はどんなルールのもと選手に割り振られているのか見ていきましょう。

どんなルールでそれぞれの選手のスタート位置を決めているのか

結論から言いますと、世界ランキングの高い選手から順番にスタート位置を選択することができます。トライアスロンのスタート位置というのは、直線に引かれたスタートラインが参加選手の人数分に等分されて(60人出走なら60等分)、1つの枠が1人分のスペース(スタートグリッド)として設定されています。そのスタートグリッドの中から1つを、世界ランキングの高い選手から順に選んでいくのです。

次に、このスタートグリッドを選ぶタイミングについてですが、それはスタートの直前になります。スタートの10分〜15分前になると選手は「Line up」といって、スタートラインの手前に集められます。そこから、世界ランキングの高い順に名前が呼ばれ、スタートラインに向かって移動することになるわけです。そして、このタイミングでスタートグリッドを選択し、そのまま入っていくことになります。つまりスタート直前まで、どの位置からスタートするか選手は考えることができます。

では、スタート直前までスタート位置について考える猶予があるとして、一体選手は何を考慮しながらスタート位置を決めているのでしょうか。

選手は何を考えながらスタート位置を決めているのか

人それぞれですが、大抵は波や流れの向きを参考にしながら決めます。前述した通り、水の流れや波の向きなどは、明確に有利不利が発生する要素の一つです。スタートラインはなるべく公平になるように設定されていますが、水の流れや波の向きまでは考慮されていません。そのため、選手はウォーミングアップの時点でそれらのことを確認し、どこからスタートするのが一番良いか考えます。

代表的な例として、波の向きが挙げられます。例えば、コースの左側から右側に向かって波が発生しているとしましょう。コースが時計回りの場合、有利なスタート位置はスタートラインの左端と右端、どちらになるでしょうか。スタートラインと第1ブイ設定のルールは、最初にご説明したもの通りのものとします。

その答えは1番左側です。スタートライン右端をとると、第1ブイに向かって波に逆らいながら泳ぐ必要が出てきます。しかし、スタートライン左端からスタートすると波に逆らうことなく、いい具合に第1ブイまで体を流してくれるので、この場合はコース左側が好んで選択されることが多いのです。

しかし、スタート位置は世界ランキングの高い選手から選んでいくことになるので、低順位帯の選手は必ずしも自分が良いと思った場所からスタートできる訳ではありません。そういった選手達の考えとしてあがるのが、「速い選手の近くからスタートすること」です。

皆さんは風の強い日に、風上に人を置いて吹く風の盾にするようにして歩いたことはありますでしょうか。もしくは、自転車で誰かの後ろについて、風よけのように使ったりしたことはあるでしょうか。日常生活では感じ辛いことですが、こういうことをすると前方からの風の抵抗が少なくなり、より少ない力で前に進むことができるようになります。

そして、これは水の中でも同じようなことが起きます。空気よりも密度のある液体中であるため、こういった「自分の前に盾を置く」ことによって得られる恩恵はかなり大きなものになります。つまり、速い実力のある選手の後ろに付けば、自分の実力以上のスピードを少ない力で出す事が可能になるのです。

某有名レースゲームでは、他プレイヤーの真後ろを走るとスピードが上がるという仕掛けがあるのですが、あれが正にそうですね。配管工がカートを駆るあのゲームです。世界ランキングが低順位で、自分の希望通りのスタート位置を選択できない選手は、このように実力のある選手の近くに位置を取り、有利な状況を創り出そうとすることもあります。

今回ご紹介したもの以外にも、選手は自分の実力や想定するレース展開等を見越して、スタート位置を決定します。「スタート前からレースは始まっている」の言葉通り、水面下で選手たちは少しでも自分が有利になるポジションを見つけるため、スタート直前まで試行錯誤しています。

いかがでしたでしょうか。トライアスロンの競技時間は約2時間と、オリンピック種目の中でも長時間の種目に分類されます。一方、スタートという一瞬の出来事で、勝負が大きく動いてしまうこともある競技です。トライアスロンに限らず、競技のスタートの仕方というのはその競技の特性を現していることが多く、ルールにもそれが反映されていることがあります。

最近は映像技術も発達して、こういった細かい部分も俯瞰して視聴できる放送が増えてきました。もしご興味を持っていただけたら、スポーツの「スタート」に注目して観て頂けると、また新たな楽しみ方があるかもしれません。

By 古山 大 (ふるやま たいし)

1995年4月28日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業後は実業団チームに所属。2020年1月に独立し、プロトライアスロン選手として活動。株式会社セクダム所属。 <主な戦績> 2015年「日本学生トライアスロン選手権」優勝 2017年「日本U23トライアスロン選手権」優勝 2018年「アジアU23トライアスロン選手権」2位 2019年「茨城国体」3位、「日本選手権」11位 2021年「日本トライアスロン選手権」4位

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