その年によって前後しますが、だいたい11月後半頃から3月頭あたりまでは、トライアスロンのオフシーズンに当たります。この時期は世界的にレースが開かれることが少なく、選手たちはゆっくりと休息をとったり、翌シーズンに向けての強化練習を行ったりします。そんな折に、Alistair Brownleeという世界トップレベルの選手がTwitterに次のような投稿をしました。

彼は、2012年ロンドンオリンピックと2016年リオデジャネイロオリンピックの金メダリスト。現在はミドルディスタンス(Swim1.9km-Bike90km-Run21.1km)やロングディスタンス(Swim3.6km-Bike180km-Run42.195km)という距離で活躍する、現役のトップ選手です。

この投稿から読み取れる限り、彼はオフシーズンの今、週33-35時間の練習を行っているとのこと。ですが「the majority of which being aerobic」と書かれているように、今の時期は特に有酸素領域での練習をメインとしているようです。

私たちトライアスリートからしてみれば、「やっぱりトップ選手もこういう練習するんだ。」という感じで理解できる練習です。しかし、トライアスロンを知らない方からすると、1日平均4-5時間の練習時間は長すぎるのではないかと思われるかもしれません。なぜ、このような練習がトライアスリートにとって「当たり前」なのか。これについて、順を追ってご説明しましょう。

目次

時間の掛かる練習はレースの無い時期に行う

トライアスロンに限らず持久系競技全般で、時間の掛かる練習はレースの無い冬場(オフシーズン)に行われることが多く見られます。その理由としては、試合直前に行う実際のレースに近い強度の練習に向けて体力をつけるためです。

選手の練習は試合が近くなると、よりハードでレースに近い形式での練習が増えてきます。大抵の場合、そのような練習は実際のレースと同等か、それ以上の負荷が身体にかかるように目標タイムや距離を設定します。こういった負荷の高い練習に基礎的な体力が全くない状態で臨むと、怪我や故障などを呼び起こすことになります。

身近な例を挙げるとするなら、子供の運動会でよくある親御さん参加型のリレーなどで、普段あまり運動していないお父さんが全力疾走し、肉離れしたり足を攣ってしまったりすることでしょうか。怪我や故障のリスクの少ない低い強度で運動することによって、高い強度の運動にも耐えられる体をつくります。

ではなぜ、練習時間が長くなるのか。これについては、強度の低い練習でキーワードになってくるのが「反復」だからです。体づくりという観点からは、1回の負荷が少ない分だけ何度も繰り返し同じ動作の負荷を掛け続けて、体に負荷に対する慣れと耐性をつけるためです。そして、動作の観点からは、同じ動作を繰り返すことでより洗練された無駄のない動作を習得するために、長時間反復する練習を行うことになります。

Alistair Brownlee選手も投稿の最初の部分で触れていたり、恐らく「run session」と書かれた部分ではエクササイズやランニングドリルを行っていたりと、フォームの改善に努めているものと思われます。こういった点で、トライアスリートは「長時間」「反復して」行うべき練習をレースの無いオフシーズンに取り入れて、翌シーズンに向けての準備をする傾向があります。

試合期に受ける身体的・精神的ダメージを癒やすため

上記でも触れたように、aerobicな練習とは掛かる時間が長い分、強度は低いことが殆どです。

「練習のたびに息切れしなくてもいい。」

「タイムや数値を気にしなくて良い。」

それだけで、選手にとっては練習で感じるストレスの大半を排除できます。

1シーズン戦い抜いた選手は、レースに向けての過酷な練習や当日の緊張、ストレスなどで、心身共に疲弊しきっていることが殆どです。風邪を引いたら休まないと治らないのと同様に、シーズン中に体や心に溜まり続けた小さな傷は、一度しっかり休ませないとまた翌シーズン戦えるだけの状態にまで戻せません。そのためにも、試合のない時期にはタイムも数値も気にしないで、気分転換のように出かける事ができる練習が必要なのだと私は考えています。

最近はSNSの発達により、トップ選手たちも自身のトレーニングや知見などを発信することが多くなってきました。そういった発言の数々を見て思うのは、「やはりトップ選手になればなるほど、基本に忠実な練習をしている」ということです。そこに、機器での測定だったり最新の理論の導入だったり、選手自身の特性に合わせた奇抜なトレーニングだったりが、隠し味的な要素として加わっている印象です。

しかし、奇抜な練習や目新しい理論ほど目を引きますし、簡単にレベルアップができるように見えます。トライアスロンにも、そういったトレーニング論が流行った時期もあります(毎日の練習を2時間だけで終わらせる 等)。ですが、競技時間と3種目あるという競技特性上、練習時間の長時間化は避けられない問題です。一番大事なのは、遠回りの道を歩きながら、如何にして無駄な歩みを省くかというところだと思います。

トライアスロンに限らず、何かに取り組む際は、ぜひこんな考え方も参考にしてみてください。

By 古山 大 (ふるやま たいし)

1995年4月28日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業後は実業団チームに所属。2020年1月に独立し、プロトライアスロン選手として活動。株式会社セクダム所属。 <主な戦績> 2015年「日本学生トライアスロン選手権」優勝 2017年「日本U23トライアスロン選手権」優勝 2018年「アジアU23トライアスロン選手権」2位 2019年「茨城国体」3位、「日本選手権」11位 2021年「日本トライアスロン選手権」4位

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