2022年7月に米国(バーミングハム)でスポーツ国際大会「ワールドゲームズ」が開催され、相撲・女子無差別級で銀メダルに輝いた今日和さん。土俵での殺気だった姿とは違い、普段は物腰が柔らかくユーモアに溢れた人柄。元大相撲力士・舞の海氏など名だたる力士を輩出する青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身で、津軽弁の独特なイントネーションが個性をより輝かせている。

今さんは相撲について語るとき、勝負師の言葉が口をつく。それは、相撲で人生を切り拓いてきた自負、そしてこれまでの道のりへの感謝に満ちているからであろう。

「構えたときに迷ったり怖気づいていたりしたら、試合にもならないし相手にも失礼。自分の全力を出し切るのが、相撲にとっての礼儀。」

日本では大相撲の影響からか、男性競技者の印象が強い。しかし、大相撲とは別の競技としてアマチュア相撲があり、国際大会も開催され海外でも注目のスポーツだ。オリンピック非採用の競技種目で争われる、4年に一度開催されるワールドゲームズにも、相撲は2005年から正式種目として採用されている。そして2022年、今さんは日本代表選手として初めて出場した。なお、女子相撲は軽量級(65kg未満)、中量級(80kg未満)、重量級(80kg以上)の階級制と、無差別級の2つの部門に分かれている。

ワールドゲームズでは目標である悲願の世界一には届かなかったものの、無差別級2位という成績を収めた。今さんが相撲に打ち込む理由は世界一という目標だけでなく、社会課題の貧困問題を念頭にしたもう一つの願いがあった。

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競技環境という女性相撲の課題

「こう言ったら生意気ですが、相撲の普及活動をしたくて世界に挑戦するところもあります。行く先で『世界2位の人が来たよ』というより、『世界一の人が来たよ』という方が子どもたちも喜ぶなって。ここまできたら、自分が一番強いと誇りたい。そして、競技者として勝ちたいというのはあります。でも、相撲を続ける原点は普及活動のためです」。

負けず嫌いの競技者が多い中、少し照れながら「アスリートっぽくないし、メンタルもそんなに強くない」と述べる今さん。しかし、小学1年生から始めた相撲で、2014年と2015年に世界女子ジュニア選手権大会の重量級で優勝。さらに、シニア部門でも2018年と2019年の相撲世界選手権では無差別級で準優勝し、現在は実業団に所属しながら国内外で実績を残し続けている。

2018年に今さんを主人公とした短編ドキュメンタリー映画『Little Miss Sumo』(日本タイトル:Netflix『相撲人』)が国際上映され、2019年にはBBCの『今年の100人の女性』に選出された。ジェンダー問題に切り込む女性として評価されたのだが、本人は首をかしげる。相撲はジェンダーと結びつけて語られやすいが、アマチュア相撲は大相撲とは違い、男女の垣根ない競技として確立しているからだ。

ただし、女性ならではの課題はある。男性は大相撲や実業団など競技を続けられる環境があるが、女性が社会人になっても続けられる環境は未だ乏しいのだ。だからこそ、今さんは国内における女子相撲だけでなく、国外での普及も視野に入れている。

相撲じゃなければ続けられなかった

今さんは相撲の名門・立命館大学に進学し、国際関係学部で英語とフランス語を学んだ。外国人と英語でコミュニケーションするのが好きで、国際舞台で交流することが楽しく、海外の大会では気負うことなく試合して勝ってしまうそうだ。しかし、今さんの地元では、現在も大学へ行くのはほんの一握りの人だという。

「青森の津軽地方は、まだ貧しいところがあります。ですから、大学へ進学するのは相撲の特待生がほとんど。小さい頃から、相撲で大学へ行けるなら行きたいって思って頑張っていました。」

今さんの家庭も決して裕福ではなかった。「明日は何を食べる?」ではなく「明日、食べられるものは何がある?」という会話ばかり。家が米農家だったので、お米と野菜、そして余ったりんごはあった。給食が一番豪華だったと言い、周りの家庭も同じような感じ。給食費を払えない人が、クラスでも大半という状況だったようだ。そのため、今さんのような家庭事情は珍しいものではなく、恥じることもなかった。家族で旅行や遊園地へ外出した記憶はない。行く先といえば畑くらいだが、それでも、思い返せば毎日が楽しかったと振り返る。

「クラスに一人くらいは、海外旅行に行く子がいました。いいなって思ってきたけれど、母親とくだらない話を1時間しているようなこともよくあり、思い返すとお金がないことは不幸ではなかったと思います。お金がなくても、相撲を頑張れば海外へ行けるし、大学で勉強ができる。そういう希望は常に持っていましたから。」

自分の人生を思い描いたり、夢を描いたりできたのも相撲に出会ったからだ。相撲は、まわしがあればできる。一つのまわしを10年以上も使った。他の競技なら、道具を揃えたり買い換えたり必要があるだろう。きっと、それでは続けることはできなかった。だからこそ、誰でもできるスポーツ競技として、今さんは相撲の普及に取り組みたいと考えている。

「夢を持って人生を歩いていけるのが楽しい。最近、人の役に立てることも増えてきて、楽しいなって思います。」

2022年3月には東京豊洲会場で、NIKE主催の国内トップレベルの現役女子相撲選手が相撲の魅力を伝える『Sumo Show Time』が開催された。ここにきて、今さんたちの普及活動がようやく実を結んできたようだ。

1日で19試合したこともある

ワールドゲームズの競技の中でも、相撲は特に人気が高い。その証拠として、大会の中でもっとも観客が増える最初の週末に、相撲のプログラムが2日間にわたり組み込まれていた。初日に階級別16人のトーナメント、2日目に3階級全員が参加する無差別48人のトーナメントが開催。ワンデートーナメントはスタミナも必要になり、今さんも過去には最大で1日19試合したことがあるそうだ。

「海外での体調管理はまったく問題ありません。今回のワールドゲームズは現地の大学の寮に全員で入ったし、食事も支給されました。日本食は出ませんが、私は何を食べても美味しいと思うので。周りはグルメなのか『食事が合わない』と言いますが、それで3kg痩せて帰国する人もいる中、私は3kg増やして帰るみたいな。飛行機でもずっと眠れるし、時差ボケもありません。私って図太いんですかね。」

そうして環境に順応できるのは、アスリートとして大切な素質であり強みでもあるだろう。

夢は相撲を五輪競技にし、IOCでスピーチすること

相撲に導かれて現在がある今さんだからこそ、多くの人に相撲の魅力に触れて競技を楽しんでもらいたいと考えている。競技人口が少ないアフリカやアジアでの普及、青森での活動にも注力したい思いがある一方で、誰も指導に行かないような国や地域へも赴きたいのだという。

「私はたまたま津軽に生まれ、厳しくとも大切に両親に育ててもらい、相撲で人生を切り拓いていると思っています。でも、それってたまたま運が良かっただけだと思うんですよ。国や親が違えば、人生もまったく違うだろうなって。相撲に出会って私は恵まれているけれど、『それって自分だけでいいの?』と小学生の頃から考えていました。相撲だったら、お金をかけずにスポーツを楽しめるし、努力したらどんどん上に行ける。自分が恵まれた分、他の人にできることはないのかと考えています。」

今さんの夢は、相撲を五輪競技にすること。そして、IOCC(国際オリンピック委員会)の舞台でスピーチをすることだ。五輪の正式種目に採用される条件の一つに男女平等種目があり、女子相撲の普及は喫緊の課題でもある。もし、スピーチができるとしたら冒頭の言葉は「セバダバヤッテミラ」に決まっているそうだ。フランス語のようにも聞こえるが、実はそうではない。津軽弁で『じゃあ、やってみようか』という、前向きな言葉なのだそうだ。

「できない理由を探すのではなく、チャレンジ精神を持って取り組んでいく。相撲の教えです。この言葉を言ってから、フランス語でスピーチするんです。」

そう、ユーモアたっぷりに話してくれた今さん。昨今、日本では競技スポーツとして勝利至上主義がある一方、人生を豊かにする側面も見直されるようになってきた。その点、相撲は大きな円さえあれば、誰でもすぐにその場で楽しめる。“親しむスポーツ”として、施設や道具がなくてもできる競技だ。今さんの国際舞台での活躍、そして女子相撲の普及は、世界はもとより日本にこそ大きな影響を及ぼすのではないだろうか。

今 日和(こん ひより)

1997年8月21日生まれ。青森県西津軽郡鰺ヶ沢町出身。2014年と2015年、世界女子ジュニア相撲選手権大会の重量級で優勝。2018年と2019年の相撲世界選手権では無差別級で準優勝。短編ドキュメンタリー映画『Little Miss Sumo』(邦題:Netflix『相撲人』)出演。立命館大学国際関係学部卒業後は実業団相撲のアイシン精機相撲部に初の女性部員として加わる。

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By たかはし 藍 (たかはし あい)

たかはし 藍(たかはし あい) 元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。

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