トライアスロンは、「水泳→自転車→ランニング」と、異なる3つの種目を一度に繋げて行う競技です。それぞれの種目において、いわゆる「トライアスロン用」の独特な戦術や心構えが存在するのはご存知でしょうか。今回はスイムに関して、競泳には無いトライアスロン独特の点をご紹介します。

目次

スタート直後の激しい位置取り争い

トライアスロンのスイムは競泳と違い、プールではなく海や湖といった場所で行うことがほとんどです。そのため、コースには数100m毎にブイが浮いており、そのブイを回ってコースを周回するという方法を取ることが多くなります。スタートは、そのブイの一点を目がけて50~60名の選手が横一線で一斉にスタート。これだけの選手たちが、たった1~2名分程度のスペースへ雪崩れ込むのです。

誰もが、我先にとダッシュで泳いでいきます。そのため、当然ながら選手同士の接触はありますし、頭一つだけでも前に出られるよう、ほぼ全開のスタートダッシュです。ブイを回る際に後手に回ってしまうと、それだけでかなりタイム差が開いてしまいます。後々になって圧倒的に不利になるので、全員が必死です。

このブイまでのスタートダッシュで、レースの50%が決まると言っても過言では無いかもしれません。レーンで分けられた競泳では、スタートダッシュが激しくなることはないでしょう。これは、トライアスロンのスイム特有のポイントだと思います。

ヘッドアップでの進路確認

これも、レーンで分けられていないことで起こるトライアスロン特有のスキル。「ヘッドアップ」とは、泳ぎながら顔を前に上げて、進路や周りの状況を確認する泳ぎ方です。競泳であればレーンを分けているコースロープか、プールの床に引いてあるラインを見て辿って行けば良いでしょう。そのため、わざわざ顔を前に上げる必要はありません。

しかし、トライアスロンはレーンもロープも、底すら見えない海や湖で泳ぎます。当然ながら、自分が今どこにいて、どこに向かって泳ぐべきなのかは、水から顔を上げて目視で確認するしかありません。そのため、ヘッドアップで顔を上げる必要があるのです。

ただし、このヘッドアップをすることで、水面に頭が上がった分、浮力を得るために体が水に沈むことになります。体が水に沈むということは、それだけ進行方向に対して水の抵抗を受けるのでスピードが落ちます。スピードが落ちると、当然ながら他の選手から置いていかれてしまうリスクが高くなるのです。そのため、トライアスリートは対応策として、以下のようにさまざまな工夫を行っています。

  • なるべく減速しないようなヘッドアップを身に着ける
  • 顔を上げなくても真っ直ぐ泳げるよう、目を瞑りながら泳ぐ練習をする

スイムはそもそもの速度が遅いので、バイクやラン以上に最短ルートを行くことが速さに直結する種目になります。そのため、ただ速く泳ぐ以外の練習も重要になるのです。

波や流れへの対応

海や湖という、自然を使うからこそ必要になる能力です。実際に泳いでみるとわかるのですが、波や流れというのは想像以上に泳ぎの妨害になります。白波が立つくらいの中で泳ぐと、波を受けるたび顔面にパンチを打たれたような衝撃が走ります。また、波が高すぎると浜まで押し戻されてしまい、沖に泳ぎ出せないなんてこともあるでしょう(そのような場合、大抵はスイムが中止になります)。そういった波や流れに対して、どうすれば速く泳げるのか。パワーなのかスキルなのかというのは選手によってさまざまですが、各選手が色々と工夫して挑んでいます。

そして、波や流れが押してくるということは、逆に自分を前に押し出してくれる力にもなりうるということです。よく、波の高いレースでは最後浜に上がってくる際に、体をボディボードのようにして、波に乗って一気に浜まで戻ってきてしまう選手がいます。トライアスロンのスイムは最後に浜へと上がってくるので、意外とこの波に乗る技術も重要になります。

砂浜からのスタート、砂浜への上陸

冒頭で書いたように、スタート直後のダッシュでの位置取り争いはかなり過酷です。そのため、そこで少しでも優位に立てるように、スタートダッシュも重要視する選手は少なくありません。砂浜スタートの場合、プールの飛び込みと違って水深が徐々に深くなっていきます。そのため、「どの深さのところまで走っていき、どこで踏み切って飛び込み泳ぎ出すか」の選択が非常に重要です。

水深が浅いところは、泳ぐよりも走った方が圧倒的に有利になります。しかし、水深が深くなってくると走るよりも泳いだ方が速いのです。その見極めが、砂浜でのスタートにおいて重要になってきます。

そして、スタートと同じくらい重要なのが上陸です。トライアスロンは、泳ぎ終わったら上陸してそのままバイクに行くので、上陸にかかる時間も競技時間内です。上陸の際も「どこまで泳いでどこから走るか」、そして「どれだけ波に乗って帰ってこられるか」が重要になってきます。上陸時のこういった小技は、それだけで順位や位置が大きく変わるほどの部分になるのです。そのため、選手はウォーミングアップの際にどこまで走れるか水深を確認し、その日のレースプランを組み立てていきます。

ターンによる壁キックが無い

これはプールで練習をすることの多いスイムだからこそ感じる、独特な部分だと思います。例えば同じ1500mを泳ぐにしても、ターンのあるプールの方が圧倒的に速いでしょう。それは、壁という固定された物から推進力を得られるからです。これは、硬い地面の上でジャンプした方が、フワフワの分厚いマットの上でジャンプするよりも高く飛べるのと同じ。液体に対して何回も腕をかいて泳ぐよりも、固定された壁を一発蹴る方が、遥かに高い推進力を得られるということです。

さらに、壁という面に触れることで、若干ですが浮いている状態から休めるという利点もあります。つまり、ターンがあるということは、想像以上に楽をできているというわけです。

しかし、トライアスロンではその壁が一切ないため、かなり疲れます。ですから、トライアスリートはプールでも、わざと壁に触れないギリギリの位置でターンし、擬似的に海での状態を作り出して練習することもあります。

体力は温存。しかし、スピードは最大で!

力を温存するけど、最大スピードで。そんな矛盾が必要な点も、トライアスロンの特徴です。スイムだけでもかなりボリュームのあるトライアスロンですが、それでもまだ競技の3分の1にも満たない競技時間。ここで力を使い過ぎると、後に控えるバイクやランに響きます。そのため、体力温存は鉄則です。

一方で、全速力に近い状態で泳ぎ続けることも重要になってきます。完走を目指すのであれば、そこまで気にする必要はないかもしれません。それでも、単純に水に浮いているだけで人間は疲れるものなので、スイムをなるべく早くクリアすることは間違いではないでしょう。そのために、スイムは「楽に速く泳ぐ練習」が重要視される傾向にあると感じます。

トライアスロンのスイムは、単純な泳力以外の部分でも速さが決まることが少なくありません。速く泳げるようになることが第一ですが、こういし小技を磨き上げることによって、自分の泳力以上のタイムでスイムを終えることが出来てしまうことがある。この点は、トライアスロンの面白いところかもしれません。

By 古山 大 (ふるやま たいし)

1995年4月28日生まれ、東京都出身。流通経済大学を卒業後は実業団チームに所属。2020年1月に独立し、プロトライアスロン選手として活動。株式会社セクダム所属。 <主な戦績> 2015年「日本学生トライアスロン選手権」優勝 2017年「日本U23トライアスロン選手権」優勝 2018年「アジアU23トライアスロン選手権」2位 2019年「茨城国体」3位、「日本選手権」11位 2021年「日本トライアスロン選手権」4位

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。