2分30秒。短い時間の中で数々の技を展開し、人々を魅了する競技・チアリーディング。音楽に合わせて上に飛ばされた選手が、宙で技を繰り広げる。寸分の狂いもなく踊り、ときには人が三段にも重なる。その中で選手たちは、観客に向けて笑顔を絶やさない。

鈴木里奈さんは2019年に日本文理大学のキャプテンとしてJAPAN CAP3位、全日本学生選手権で優勝を飾った。現在は一般社団法人ONE ACADEMYのチアリーディングスクール『埼玉CATS』を経営しながら、ヘッドコーチをつとめる。月に一度、個人の目標が書かれたチアリーディングノートに一つ一つにコメントを入れて子どもたちに手渡す鈴木さんが、チアリーディングを通して選手たちに伝えていきたいことを伺った。

目次

一度逃げ出したからこそ見えた新たな道

鈴木さんがチアリーディングと出会ったのは中学生のとき。母親に勧められ、これまで続けてきたバレエからチアリーディングに転向した。中高一貫校で6年間チアリーディングに励むと、大学では過去に22回全国制覇の経験を持つ大分県の日本文理大学チアリーディング部「BRAVES」に入部した。

そして、チアリーディングのコーチを志したのは大学2年生の頃。キッカケは、チアリーディングをやめようとしたことだったという。1・2年生の頃はチームの雰囲気がとても悪く、これに耐え切れず監督に「こんなチームだったらやめたい」と言いに行ったそうだ。そのとき、一度Dチームに移動した鈴木さん。Dチームは小さい子と関わるチームだったことから、初めてチアリーディングを“教えること”に興味を持ったという。

「幼稚園生たちと一緒に大会に出たことで、小さい子の考え方に興味がわくようになりました。こうやって、子どもたちに指導するのも面白いのだろうなと思って。大学3年生の頃からジュニアチームを教えていく中で、自分のチームを持ちたいと思うようになりました。そして私自身、一度は逃げ出した場所から再度闘う決断をしたんです。当時は周りの環境が嫌で、やめるという選択を取ろうとしていました。しかし、一旦チームから離れたことで、環境に不満があるなら自分がいいチームにしていけば良いと考えられるようになりました。」

チアリーディングから逃げ出そうとしたときに生まれた、新たな進路。そこから鈴木さんは現在、子どもたちにチアリーディングの楽しさを教えている。

凡事を徹底し、自らに勝つ

その後、DチームからCチームに上がり、さらに次の大会ではAチームへと上がった鈴木さん。自分が良いチームにするという言葉通り、大学3年からはキャプテンとしてチームを牽引した。練習前と練習終わりにある合計2時間のミーティングでは、徹底的にその日の練習について話し合ったという。

「思ったことは躊躇わずに伝えていました。やっぱり勝ちたかったから、自分が嫌われてもチームが良くなるなら、それでいいと思っていたんです。怒鳴り合いの喧嘩をしながらも、毎日課題をクリアにして終わる。それを続けていく中で、チームが変化していったと思います。」

そして迎えた九州大会は、順調に勝ち進んだ。しかし、JAPAN CAPという夏の大きい大会に出場すると、結果は3位。そこで負けを経験したことが、チームにとって良かったと話す。

「チームの状況は、かなり良かったんです。当日の演技も悪くなかった。けれども、0.5点の差で優勝を逃してしまいました。勝つために練習を重ねてきたし、実力も発揮できた。それでも届かなかった0.5点は、一体何だったのか。チームで話し合い、たどり着いたのが“凡事徹底”でした。そして最終的に、基本に立ち返りました。ゴミが落ちていたら拾うとか、近くにいないけれど両親に感謝の気持ちを伝えるとか。そういうことが大切なのではないかと。また、数多く日本一にもなっているチームなので、応援してくださるファンの方がいます。それも当たり前ではないから、ファンの方たちにも目を向けて、SNSの発信をしていこうという話にもなりました。」

意識することを毎月壁に張り、目に見えるようにしていく。また、練習前には全員で集まり、それを読んでからトレーニングを始めるようにしていたという。凡事を徹底し、自分たちの演技にフォーカスした結果、冬に行われたインカレでは見事優勝。夏のリベンジを果たした。

相手への想像力をつけること

チアリーディングは、命を預かる競技。だからこそ、人の痛みや命の大切さを知ることができる。鈴木さんが高校生になり、空中で2回体を捻る技をチーム内で練習していたときのこと。エバーマット(衝撃吸収性の高い体操競技に使われるマット)が落下点よりも深く入り過ぎてしまい、飛んでいた選手の頭が床に落ちてしまったことがあった。その選手は、脳震盪(のうしんとう)で一時的に足が動かなくなってしまったという。

「みんな本気でやっていたけれども、事故は起きてしまいました。だからこそ、絶対にふざけてはいけないし、真剣だと思っている。そして、さらにその先で競技と向き合わないといけない。これくらいの集中でいい…というラインは存在しないと感じさせられたというか、改めて命かかっているんだというのを感じました。」

幸い、そのときは脳震盪を起こしたものの、足は動くようになった。ただ、落下して後遺症が残ってしまった先輩や、下半身不随で一生車椅子ということも他のチームでは起きている。危険と隣り合わせの世界だからこそ、現在教えている選手たちには、命を預かる責任と人の痛みがわかる人になってほしいと話す。

「大人とはやっている技も違うので、今すぐキッズの子どもたちに命の大切さをわかれというのは難しいかもしれません。でも、肩の高さからでも落ちたら痛いじゃないですか。血も出るかもしれないですし。それを、いつも体現して伝えています。」

鈴木さんはチアリーディングを通して、これからも相手の痛みを想像することを伝えていく。

始まりは2万枚のチラシから

現在、埼玉県所沢市を拠点に、一般社団法人ONE ACADEMYの『埼玉CATS』というチアリーディング教室を経営する鈴木さん。トレーニング内容は早稲田科学学術院教授の土屋純教授と、元チアリーディング日本代表コーチの柿田智之さんが連携して作成。週に1回から2回、幼児から小学校高学年までが一緒になってレッスンを行っている。今でこそ発表会などを行っているが、最初はゼロからのスタート。2021年の2月に地域の小学校や幼稚園を周り、体験会のチラシを一週間で2万枚配ったことから活動は始まった。

「まずは、数を配って知ってもらわなければならない。そう思い、各学校の校長先生や幼稚園に電話して、お願いに回りました。冬だったのに汗だくの一週間でしたね。最初の体験会に集まったのは30人。そして、その体験会で入会してくれたのは、わずか3人でした。その3人の中の1人が、道を歩いていたときに直接チラシを手渡しした子だったんです。本当に、ご縁に恵まれていますね。」

そこからはクチコミが広がり、1年経って生徒数は38人になった。教室に通う子どもたちは「普通は言葉で言われるところを、指などを使って教えてくれる」「バク転だったら、もっと手をピンと伸ばして足をそろえるとか、アドバイスしてくれるところが優しい」と、鈴木コーチの指導はわかりやすいと声を揃える。そんな鈴木さんが教室で一番大切にしていることは、現役時代と同じく凡事徹底。「ありがとう」と「ごめんね」を言えることだという。

「自分たちが使ったものは片づけるとか、ご両親が迎えに来てくれたら感謝を伝えるとか。あるいは、水筒が転がったときに直してくれたら感謝を伝えるとか、そんなことを普段から子どもたちに話しています。本当に基本のことですが、当たり前のことを当たり前にできることが一番大事。その上に、チアがあると思っています。」

練習中も、学年が上の子たちが率先して小さな子たちを手助けする姿が見られ、その教えが現れていた。命をかけて闘うチアリーディングで最終的に勝利を掴みとるためには、小さな日常が大切だと語る鈴木さん。その経験から、子どもたちにも競技以前に当たり前を伝えていく。「チアが楽しい」「みんなを笑顔にしたい」と話す生徒たちが、これからのチアリーディング界を引っ張っていくのかもしれない。

鈴木 里奈(すずき りな)

中学から競技を始め、大学時代は日本文理大学のキャプテンとしてJAPAN CAP3位、全日本学生選手権で優勝。現在は、一般社団法人ONE ACADEMYのチアリーディング教室「埼玉CATS」のヘッドコーチ。並行して美容サロンの経営、ヨガインストラクターとしても活動中。

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By 伊藤 千梅 (いとう ちうめ)

元女子サッカー選手・なでしこリーガー。現役中はnoteでの活動を中心に発信。引退後はFCふじざくら山梨のマッチレポートの執筆を行う。現在はフリーライターとして活動中。

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