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敗北を喫した総合格闘技王者・浜崎朱加が「今」追うもの

王者の敗北。これほど甘美で耐え難い言葉が、他にあるだろうか。2021年大晦日の総合格闘技団体RIZINで繰り広げられた、RIZINスーパーアトム級王者・浜崎朱加と井澤星花の一戦。ノンタイトル戦ながらプロ5戦目の若手が、レジェンドにどう挑むのかが注目された。下馬評はくつがえされ、井澤が2Rに三角絞めからのパウンド連打でTKO勝利を手にする。呆然としたのは浜崎だけではない。観ている一同の時が止まり、目を疑った。王者が敗れたのだ。

浜崎はアメリカ老舗MMAサイト・SHERDOGの女子世界アトム級ランキングで、長らく冠していた1位から2位に陥落。しかし、現在保持しているRIZINスーパーアトム級の王者は変動がなく、タイトルをかけた再戦の声は高まる。負けを糧にできる者は、一回りも二回りも大きくなって必ず帰ってくるものだ。王者のさらなる成長を見られるのなら、これほど胸が踊ることもないだろう。だからこそ、さらなる高みに立とうとする者の声を今留めておきたい。

油断するつもりはもちろんなかったが…

取材に対して、浜崎は「本当に何にも考えていないから、面白くないけれどいいのかな?」とにこやかな表情で話し始めた。すかさず敗戦について聞くと「井澤選手は強かった」と一言。レスリングと柔道をバックボーンとする井澤に対し、浜崎は柔道出身のグラップラー同士(寝技、投げ技、関節技などの組技を強みとするファイトスタイル)の対戦だった。同じスタイル同士は相性が良くないと言う。

「(負けた瞬間)一瞬、進退を考えた。でも負けて終わるって超ダサい。自分は負けて終わるのは違う。(井澤選手に)勝たなきゃ」

浜崎は世界最高峰の米国総合格闘技団体・Invicta FC世界アトム級タイトルを、日本人女子選手として初めて手にした功績を持つ。日本人相手には負けたことがなかった。井澤との対戦カードが発表されたとき、周囲は浜崎の圧勝を想像していたに違いない。浜崎自身も、笑いながら次のように話した

「もちろん、油断するつもりはなかった。相手をなめているわけではないけれど、勝てるって思った試合で苦戦している試合が多い。気持ちの部分って本当に難しくて。相手をなめているわけではないけれども、身体は反応しているし。一流選手に、本当に聞いてみたい。気持ちの部分をどうやっているのか」

さらに「学習能力ないからな」と付け加えるものの、世界をとった浜崎の指す一流は、一体どこにいるのだろう。

唯一のモチベーションは、強さへの追求

「強さに対するモチベーションは最初からずっとあった。一番になりたいのもあるけれど、誰よりも強くなりたい、試合に勝ちたい、強いやつと戦いたいって思っていた。だから、アメリカにも行ったんです」

浜崎の同門の先輩に“秒殺の女王”の異名をとった藤井恵がいる。藤井は幼い頃から始めた柔道をベースに、総合格闘選手としてアメリカ女子MMAA(総合格闘技・Mixed Martial Arts)選手としてのパウンド・フォー・パウンド(全階級を通じた最強の称号)に選出されたほどの偉業がある。浜崎は運動不足を解消する目的で総合格闘技を始めたが、藤井の姿を目の当たりにして「こんなに強い人がいるんだ」と身体が熱くなったという。

「自分の中の強い人は藤井さんです。全然敵わなくて、(練習で)極めたことこがない。タイトル戦に恵まれなかったこともあり、藤井さんはタイトルを持っていないんですよ。意外でしょ?勝ち続けることが大事だけれど、選手としてだけではなく人として優しくて芯があって。藤井さん、本当にいい人なんだよな」

そう微笑みながら話す浜崎。現在では格闘技イベントの実況をする藤井の横に浜崎が並ぶと、王者・浜崎は借りてきた猫のようになる。

取材でよく「試合前は何を考えているんですか?」と聞かれるそうだが、この問いに対して浜崎は「本当に何にも考えていないんですよ。試合直前は、試合に勝って何食べようかな、とか、犬連れてどこ行こうかなってことばかり」と答えた。ここまできた道のりや練習を振り替えることはないのか尋ねると、「それは全くない!」とキッパリ。すかさず「あ〜、それが必要なのかな」と声をあげた。では、試合のスイッチはどこで入るのか。これについては、次のように話しながら首を少し傾げる。

「スイッチはあまり入れようと考えたことはなくて、試合で緊張しないこともある。でも、藤井さんは普段は優しいのに、控室で試合前になると怖くて近づけない。そうなると距離をとる。近づいちゃいけないやつだって。その姿を見てきて、スイッチの入れ方って集中力なんだろうなって。阿部さん(トレーナー・阿部裕幸氏)にも相手を殺す気でやらなきゃと言われるけど…殺したいとか思わないしな。」

考えると逆に身体が動かないから、試合前でも物事を深くは考えていないという。

応援してくれる人のために勝つ

現在39歳。ここ12年は「いつまで試合をするんですか?」と聞かれることが急に多くなった。これについて、浜崎は「こっちが聞きたい。そんなの知らないよ」と笑う。

「自分はセコンドの言うこと、阿部さんの言うことをあまり聞かない。試合中に指示があっても、自分がこうだと思ったらそうしちゃう。二択だったら自分のやりたい方をやっちゃって、自分勝手なんだよな」

しかし、ここまで競技を続けてきた背景には、ある意味で自由にやらせてくれた練習環境の空気もあるだろう。浜崎は「でも自分みたいな性格は、もっと厳しい方がいいと思う」と言うが、とはいえ管理は好まないだろう。

「前戦は、もちろん自分も悔しいけれど、思っている以上に応援してくれる人たちが悲しんでいた。それ見て、勝たなきゃなって思った」

米国でタイトルを奪取するまでは、自己の強さを追い求めていた。しかし、今は違う。応援してくれる多くの声援が、浜崎の耳に届くようになった。「王者になることは難しいけれど、王者になってからの方がもっと大変だ」という言葉は、頂点に立つ者からよく聞かれる。この言葉の通り、浜崎は長らく追われる立場に居続ける。自分より上の存在がいない。藤井が近くにいたときと、今の状況はまったく違う。この敗戦を浜崎は何かのサインと捉えていて、今が天井ではない。再戦が望まれる声に対して、浜崎は「一回負けているから、持って行き方が違うと思う。2回負けたら死だと思うし」と語気を強め、「次は見ててよ」と言葉を残した。

競技者として、敗北について語るほど苦しいことはない。自分と向き合う必要性があり、目を逸らせるなら逸らしていたいものだ。ましてや、這い上がった後の美談ではない渦中にだ。しかし今回、浜崎は取材に快く応じてくれた。今の浜崎朱加には何が見えているのか。追いかけるのは、今回の敗北を取り戻すことではない。一生追いつくことはない先輩の姿が、おぼろげながら確かに見えた。

浜崎朱加(はまさき あやか)

高校から柔道を始め、08年にMMAへ転向すると10年にJEWELS初代ライト級(-52kg)王者、15年にアメリカInvicta FCアトム級で日本人初の世界王者に輝き、二度の防衛に成功。18年に活躍の場をRIZINに移すと、次々に勝利を飾る。その年の大晦日、浅倉カンナとRIZIN女子スーパーアトム級タイトルマッチに挑み、2Rにアームバーを極め勝利。初代RIZIN女子スーパーアトム級王座に輝いた。タイトル初防衛戦は19年6月のRIZIN.16、Invicta FC王者のジン・ユ・フレイと対戦、フルマークの判定勝利を収め初防衛に成功。19年大晦日には過去に2回対戦歴のある同階級世界2位のハム・ソヒと対戦、僅差の判定で敗れ二度目の防衛は叶わなかった。

しかしハイレベルな攻防を繰り広げ、世界トップであることを証明。2020年8月のRIZIN.22で前澤智と対戦すると、2Rに得意のアームロックで一本勝ちを収めた。同年10月に空位となった第3代王者女子スーパーアトム級王座を賭け、20年大晦日のRIZIN.26で山本美憂と対戦し、見事な一本勝ちで王者に返り咲いた。

Twitter】【Instagram】【YouTube|浜崎朱加channel

[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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