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筋トレがメンタルヘルスを改善させる

20211114日、米国3大ネットワークの1つCBSが「Adele One Night Only」と題する特別番組を放送。6年振りに新アルバムを発表したばかりの有名歌手アデルがコンサートを行い、それに先立って司会者のオプラ・ウィンフリーとのインタビューも紹介された。

これまでグラミー賞を15回受賞し、世界でもっとも成功した女性歌手と評価されるアデル。しかし私生活では離婚を経験し、長い間メンタルヘルスと体重増に悩んでいたことを告白している。そんなアデルは筋力トレーニング(以下、筋トレ)を日常的に行うことで、人生のもっとも苦しい時期を乗り越え、心身ともに健康になったと語った。

アデルは僅か5キロのデッドリフトから始め、少しずつに負荷を増やしていき、33歳になった現在は約80キロを持ち挙げるという。2年間で約45キロの減量にも成功し、ウィンフリーに「自信も取り戻すことができた」と話した。

筋トレとメンタルヘルスに関する学術研究

アデルのようにうつ病の症状や不安に悩む人にとって、筋トレに心療セラピー的な効果があることが最近になって多くの研究で明らかになっている。運動とメンタルヘルスの関係については、これまでも数多くの研究が行われている。しかし、以前はジョギングなどの有酸素運動に焦点が当てられることが多かった。有酸素運動は筋トレより調査がしやすく、また、日々の運動にそれを選ぶ人も多かったからだろう。

しかし、昨今は筋トレの人気が高まり、その身体的な健康効果が認知されてきている。それに伴い、メンタルヘルスとの関連も注目されるようになった。その1つ、米ハーバード医学大が201810月に発表した研究(*1)は、重い重量を挙げるエクササイズが臨床学的にうつ病の症状を緩和するために役立つことを証明した。

*1. Strengthen your mood with weight training. 

1,800人の治療データを解析したこの研究では、筋トレでより重い重量に挑んだ人ほど、よりうつ病からの改善が見られたというだ。

さらに、33の臨床試験データを解析した別の研究(*2)でも、筋トレがうつ病の症状を劇的に改善したことを報告している。

*2. Association of Efficacy of Resistance Exercise Training With Depressive Symptoms: Meta-analysis and Meta-regression Analysis of Randomized Clinical Trials.

注目するべきことに、論文著者らは筋力が実際に向上するかしないかは、あまりメンタルヘルスの向上と関連しないと結論で述べている。つまり、筋肉が強くなろうとなるまいと(それが筋トレ本来の目的であったとしても)、日常的に筋トレを行うという行動習慣自体がメンタルヘルスの改善に繋がるということのようである。

筋トレと有酸素運動の間に違いはあるか

もちろん、身体的な運動をすることによって爽快感が得られて自信もつき、それがメンタルヘルスの改善に繋がることは、何も筋トレに限った話ではない。伝統的な有酸素運動、あるいは他のスポーツであっても似たような効果があると思われる。言うまでもないことだが、どんな運動でもしないよりはした方がずっと良いだろう。

神経生物学的な脳への働きかけが筋トレにより多く見られる現象の原因について、いくつかの仮説が医学的な見地から挙げられている。残念ながら、それらについて論ずることは筆者の能力が及ぶところではない。しかし、有酸素運動と筋トレの両方を長く行ってきた実体験から、後者には不安やネガティブな考えから人を解放するメカニズムが、より色濃く潜んでいるのではないかと個人的には感じている。

筆者の場合、緩やかなペースのジョギングや水泳は考え事をするのに向いている。気分はすっきりするし、思いもかけなかったアイデアが頭に浮かぶことも多い。しかしその反面、同じ考えがぐるぐると回ってしまうこともある。何か深刻な悩みがあって落ち込んでいるようなときは、そのネガティブな考えを頭の中から追いやることができない。感情が増幅されて、かえって落ち込んでしまうことさえもある。

その点、筋トレを行っているときは、それが高負荷であるほど余計なことを考えている余裕がなくなる。必死になって重いモノを持ち挙げようとすることで、いわゆる「頭が真っ白になる」時間を作ることができるのだ。もちろん、これは悩み事を根本的に解決するわけではなく、一時的に棚上げしているに過ぎないのかもしれない。しかし、ある程度はという前提ではあるが、それから離れることができるだけでも不安感や憂鬱な気分は軽減されていく。

筋トレがもたらす精神的な効果

筋トレを日常的に行うことは、日々の中で達成感を得られやすいということでもある。特に筋トレ初心者にとって、自己の記録をどんどん伸ばしていくことはさほど難しくない。筋トレは高度なセンスも運動神経もさほど必要とされず、やればやるほど結果を得やすいエクササイズなのだ。自身の成長を数字で確認することで、自己肯定感や幸福感が増す。これは筋トレがメンタルヘルスにもたらす最大のメリットであるように思う。

何か深刻な悩みを抱えている人は、騙されたと思ってジムで筋トレを始めてみてはどうだろう。絶対とは言い切れないが、精神的な効果はあるかもしれない。少なくとも身体的な効果は必ずついてくるし、恐らくそれによって失うものはないはずだ。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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