筋肉を大きく強くしたいと望むのなら、もっとも大切な栄養素はたんぱく質だ。筋トレをする人たちの間ではほぼ常識だし、そのことに疑いを持つ人は恐らくいないだろう。筋トレを行うと筋繊維が傷つき、筋繊維はその傷が修復されるときに以前より太くなる。これは「超回復」と呼ばれるメカニズムだ。その重要な筋繊維が修復する過程の局面で、もっとも必要とされる栄養素がたんぱく質である。

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たんぱく質摂取量は筋肥大効果に影響しない―新研究が結論

どれだけのたんぱく質が必要とされるのか。筋肥大を促進するためには、1日に体重1キロあたり12グラムのたんぱく質を摂取することを推奨されることが多い。例えば体重70キロの人なら、1日に70140グラムのたんぱく質が必要だということになる。吉野家の公式ホームページにある栄養成分表(*1)によれば、牛丼並盛のたんぱく質含有量は20グラム、特盛で35.5グラムということだ。

*1. https://www.yoshinoya.com/pdf/allergy/

つまり140グラムのたんぱく質とは、牛丼並盛なら7杯、特盛なら4杯に相当する。これだけの量を普段の食事で食べられる人は少なく、もし食べたとしたらカロリー過多になってしまうだろう。そのため、プロテイン・パウダーなどのサプリメントで、必要とされるたんぱく質の摂取量を確保することが普通だ。

ところが、筋肥大に求められるたんぱく質の量について、これまで考えられていたよりはるかに少ないとする論文(*2)が20213月に米国の医学雑誌『American Journal of Physiology-Endocrinology and Metabolism』に発表された。

*2. Higher protein intake during resistance training does not potentiate strength, but modulates gut microbiota, in middle-aged adults: a randomized control trial.

イリノイ大学の医学者らが中心となったこの研究では、50人の被験者(あまり運動習慣がなく、肥満傾向のある中年男女)に10週間の筋トレを行ってもらい、その間に普通の量のたんぱく質(10.81グラム)を摂取するグループと、高たんぱく質(11.61.8グラム)を摂取するグループに分けた。その目的は、たんぱく質の摂取量が筋トレ効果に影響するかどうかを判断することだった。

10週間のトレーニング期間が過ぎた後、被験者らの筋力とパフォーマンス、そして体組成データは明らかに向上した。だが、その向上率はたんぱく質の摂取量に関係なく、両グループの間には有意の差は認められなかったという。通常以上のたんぱく質を摂取することに(少なくとも、あまり運動習慣がなく肥満傾向のある中年男女には)、筋トレ効果を強化する効果はないと論文著者らは結論で述べている。

硝酸塩が豊富な野菜も筋肉を11%増やす

もちろん、たんぱく質は生命と健康を維持するために決して欠かせない栄養素である。しかし筋肉を大きくするためにと、それほどたくさんの量を摂る必要はどうやらないようだ。必要以上に摂取したたんぱく質は余分なカロリー、脂肪として体内に貯蔵される。それは消化しきれない他の栄養素と同じだ。そして、不要なアミノ酸は尿で体外に排出されてしまう。

筆者自身も筋肉をつけたいあまり、「体重1キロあたり2グラム以上」のたんぱく質摂取にこだわっていた時期がある。3食すべてに肉や魚などの動物性たんぱく質を欠かさないだけではなく、午前と午後には必ずプロテイン・バーを食べていた。結果として、確かに筋肉はついたと思う。しかし、そのような食生活をやめてから随分と経つが、筋トレの挙上重量は以前と比べてそれほど大きく落ちてはいない。むしろ、種目によっては向上さえしている。認めたくはないが、過剰なたんぱく質摂取によって、ずいぶん無駄な努力と出費をしてきたのではないだろうか。

たんぱく質だけにこだわらず、筋肉を成長させる栄養素は他にもあることが分かってきた。20215月に栄養学雑誌『The Journal of Nutrition』で発表された論文(*3)によれば、日常的に硝酸塩を摂取するグループはそうでないグループより筋力が11%強くなり、さらには可動域も4%広くなるということである。

*3. Dietary Nitrate Intake Is Positively Associated with Muscle Function in Men and Women Independent of Physical Activity Levels 

硝酸塩は、ほうれん草など緑色の野菜に豊富に含まれる。ポパイはほうれん草を食べると筋肉モリモリになったが、どうやらそれは栄養学的な観点からも、まったくの的外れというわけではなかったようだ。また、NFL史上最高選手と呼ばれ、44歳になった今シーズンもここまでMVP級の活躍を見せているトム・ブレイディが、ベジタリアンに近い食生活を実践していることは以前に当メディアでもご紹介した(*4)。

*4. NFL史上最高のクォーターバック、トム・ブレイディの強さを支える食生活 

身体を強くするためには、たんぱく質をたくさん摂らなくてはいけない。そんなかつての常識を、そろそろ見直す時期に来ているのではないだろうか。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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By New Road 編集部

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