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「子どもがいるから競技できる」自らの人生を切り開くシングルマザーファイターたち

出産は人生の大きなイベントだ。そのため、出産を機に競技を離れる女性アスリートは少なくない。たとえ競技復帰を望んでも、育児しながら競技に邁進するにはさまざまな課題もある。そんな中でも、筆者が身を置いていた格闘技の世界には、シングルマザーで活躍している選手たちがいる。

アスリートは日々の自己管理や練習、仕事など、さまざまな両立を兼ねなくてはならない。さらに子育てを、それもシングルでと想像するだけで、彼女たちのエネルギーには脱帽するばかりだ。彼女たちを突き動かすものは、果たして何なのだろうか。今回はリングを舞台に闘う3人の選手から話を伺った。

「娘がいるからボクシングができる」ボクシングWBO世界スーパーフライ級王者・吉田実代選手

一人娘と二人三脚で人生を歩む、WBOボクシング世界スーパーフライ級王者・吉田実代選手。キックボクシング、総合格闘技、シュートボクシング、ボクシングと、さまざまな格闘技の舞台で活躍後、2015年に出産した。一時期は格闘技を離れる腹積りだったものの、知人からフィットネス指導を頼まれたことをきっかけに、格闘技の面白さを改めて噛み締めたという。

ボクシングに復帰したい気持ちがあったものの、実際に実現できるのかは不安がつきまとった。出産後の体は、以前とは勝手も大きく違う。筋肉量の減少やフィジカルの感覚、スタミナなどを取り戻すのは容易ではない。しかし、復帰すると覚悟を決め、歯を食いしばりながら練習に励んだ。そして2016年3月に復帰戦を迎え、勝利を勝ち取った。

出産後、1年と間を置かずにリングに立ったことからは、並大抵の努力でないことが伺えるだろう。育児に仕事にめまぐるしい暮らしだったが、ボクシンをしているときは、すべてを忘れてボクシングだけに集中できる時間。実代選手の人生において、やはりボクシングは欠かせないものだったのだろう。

親として、ボクサーとしての葛藤を抱えながら

実代選手は過去を振り返り、次のように話してくれた。

「今思えば、(競技に対して)甘かったなって思う部分もあります。そのときは、もちろん一生懸命でしたが自分に負けているところが多かったかなって。でも、今は『家事があるから練習休もう』『キツイ練習はこのくらいでいいか…』とか、自分に言い訳をし始めたらやめようと思っています。子どもにも親としてもっとしてあげられることもある中、ボクシングをやらせてもらっているので。」

そう決断して進んできたものの、未だに迷いが拭えないこともあるという。娘に寂しい思いをさせているのではないか。このままボクシングを続けていいのか。あるいは、子どもとの時間をもっと作ってあげるべきなのではないか…。母の手一つで育ってきた生い立ちもあり、理想の母親像を作り上げ、枠に当てはめては葛藤する日もあるという。そんな思考を何度も拭い去りながら、「娘と一緒に、もっと良い思い出を作っていきたい」と、まずは娘さんのために引越して住環境を整え、さらに自身の練習環境を整えた。

「自分が凄いことをしているとは思いません。だって、好きなボクシングをさせてもらっていますから。」と話す実代選手。しかし幼稚園年長の娘は、いつも「ママは凄いよ。ママは頑張っているよ」と、たくさんの言葉をかけてくれている。先日ラジオに娘さんが出演した際は、「ママはどんなチャンピオンですか?」という問いに「ママは優しいチャンピオン!」とまっすぐに答えた。試合で輝くママの姿も、普段の姿もすべて見てきた娘さんの言葉である。

実代選手の夢は、ボクシングの本場・アメリカの舞台で試合をすること。一人のボクサーとして、その覚悟は新たな舞台を視野に見据えている。多くを語らずとも、闘う姿そのものが娘さんに見せる生き様だ。

「成し遂げられることを闘う姿から感じてもらいたい」総合格闘家・東陽子選手

「上京してきた一年目は死に物狂いでしたね。子どもに食べさせるためにも、最初は日雇いの仕事で食いつないだときもありました。」

にこやかにそう話すのは、総合格闘家・東陽子選手だ。兵庫県神戸市から総合格闘家としての好環境を求めて、3歳だった息子と二人で2017年に東京へ。新天地で土地勘もなく知人も少ない中、人伝いに縁をつなぎ、現在はスポンサー契約を結ぶ企業にもめぐり合うことができた。上京して4年目となる2021年はコロナ禍で満足に試合ができなかったものの、一番落ち着いた年だったと振り返る。その理由は、試合があると毎日が時間に追われる中、今年は試合が少なかった分だけ息子や応援してくれる人たちと時間を共有できたから。縁ある人たちを大切にするのは、息子のためでもあるのだという。

「もし自分が死んだら、何も残してあげられません。もちろんお金も大切なことですが、何かあったら手を差し伸べてくれる人がいる環境を、今から作っておいてあげたいんです。」

人が支えてくれるありがたみが、身にしみているからこその言葉だろう。現在は幼児教育指導員をしながら、一緒にいたいと思える人たちに囲まれて東京での生活も板についてきた。

自分の好きなことを我慢する必要はない

東選手は小さい頃から柔道を始め、高校では全国高等学校柔道選手権大会の78kg級で優勝をおさめた実力派。大学卒業後は警視庁に所属して柔道を続けたが、怪我から競技継続を断念した。総合格闘技転向のきっかけは息子さんが1歳のとき。近くの体育館のキックボクシング教室に参加したことだったという。かねてから興味があった総合格闘技への熱が高まり、兵庫県でジムを探して入門。しかしデビュー戦の敗戦をきっかけに、「やるならば本気でやりたい」と選手層が厚い東京行きを模索し始めた。自分の想いに子どもを道連れにしてしまう後ろめたさも頭をよぎったが、「育てられるなら(好きなことを)やってもいいよね!」と東京行きを決心。

「大変なこともたくさんありますが、ネガティブに考えても仕方ない。おかげさまで、息子もすくすく育ってくれています。小学生になってお互いの生活のリズムもすごく楽になりましたね。」

と前向きだった。そんな東選手は、シングルマザーになったときに決めたことがあったという。それは、毎年海外に息子を連れて行ってあげること。「違う国の人や文化に触れることって、人生の財産になると思うんです。だからこそ、そんな体験をいっぱいさせてあげたい。」と、その理由を教えてくれた。

デビュー当初から海外デビューも視野に入れていた東選手。RIZIN(日本の総合格闘技団体)やUFC(アメリカの格闘技団体)などでのビッグマッチを見据え、その思いを話してくれた。

「応援してくれている人たちには、息子と一緒に掲げた夢を叶えるところを見届けてほしいんです。実現したら一緒に喜び合いたい。世の中には、頑張っているシングルマザーの人たちもたくさんいます。大変なことを一人で抱え込まず、困ったときはもっと頼れるようであってほしいし、シングルマザーや子どもたちを支援する活動もしていきたいです。」

試合では、息子の応援する声が一番耳に届くという東選手。親子であっても親には親の人生があり、子どもには子どもの人生があると、潔く割り切って競技を続けている。息子の成長を見つめる眼差しには、競技で見せる鋭さとはまた違った厳しさも入り混じる。地盤が固まり、さらなる大舞台への勝負はこれからだ。

「人生を楽しんでいる姿を子どもに見せたい」キックボクシング・ミネルヴァ・アトム級王者・erika選手

キックボクシング・ミネルヴァ・アトム級王者のerika選手は、沖縄県那覇市在住、10歳の長女と8歳の長男、7歳の次女という3人の子どもと一緒に暮らしている。19歳で専門学校を卒業し、介護福祉士の資格を取得。現在も競技と介護福祉士の仕事を両立している。

キックボクシングを始めたのは、産後うつがきっかけだった。授乳や夜泣きなどで睡眠時間が削られ、職場にも産後間もなく復帰。心身ともに余裕がなく、産後うつと摂食障害に悩んだという。心療内科にも通ったものの、一向に改善はされず。3人目を出産するときには、「もともと運動をしていたから、次は必ず運動をしよう」と考えた。

産婦人科医院の近くにキックボクシングのジムがあったことから、3人目を出産後にジム通いを始たerika選手。格闘技は、父や祖母が見ていた影響で小さい頃から大好きだった。小学生の頃には「空手教室に通いたい」と頼んだ時期もあったが、母親に「女の子がやるもんじゃない」と許可が下りず。そんなお母さんも、今ではキックボクシングに取り組むerika選手を全面的に応援している。

キックボクシングは一気にのめり込んだ。摂食障害で痩せてしまい、体力・筋力共に落ちていたものの、練習を重ね少しずつ取り戻した。プロ選手を間近で見ていたことからアマチュア大会にも出場するようになり、その健闘ぶりを見た興行のプロモーターからプロ勧誘の声が掛かる。迷いも生じたが「やってみたい」という気持ちが抑えきれず、プロの道を歩み始めることになった。

生半可な気持ちではやっていない

erika選手の1日は、朝5時の起床から始まる。子どもの身支度、家事、準備、そしてすぐさま出勤。16時に勤務が終わればバイクでジムに向かい、19時に練習を終えて帰宅する。子どもの夕食づくりや洗濯などの家事を終え、遅いときは0時をまわることもしばしば。夜勤務の日だってある。それでもerika選手は、「子どもがいるからやっていけるんです」と笑顔で話してくれた。

「練習や減量でつらいときも、子どもがいろいろと手伝ってくれるんです。帰宅が遅くなりそうなときも、『これやっておいて』と言ったらやっておいてくれるし。すごく助かっています。」

子どもたちにとっては、もちろん “自慢のお母さん”だ。あまり学校の保護者会関係に多くは参加できていないというが、同級生のお母さんや先生からも競技のことで声をかけてもらったり、メッセージをもらったりするという。きっと、長女が話しているのだろう。

「子どもには大変な思いをさせている分、生半可な気持ちではやっていません。自分の好きなことをやらせてもらっているので、責任もあります。正直、時間も金銭的にも厳しい面があるので、長くやるつもりもありません。だからこそ、女子最強になるって決めています。『ONEチャンピオンシップ』(シンガポールを拠点とする格闘技団体)の映像をいつも見ていて、日本だけではなく世界の舞台でも戦っていきたいです。そんな背中を、子たちにも見せられたらって思っています。」

多忙な中で唯一の息抜きは、練習と練習の間に立ち寄るドライブスルーのスターバックスで定番のソイラテを飲む瞬間。強くなるため、そして人生を楽しむために。erika選手は今ある環境と周りにいてくれる人たちの支えの中、過去には描いたこともなかった競技者の世界へ一歩一歩、着実に歩みを進めている。

子どもの存在こそが強さの根源

3人へのインタビューから見えてきたのは、“人生を懸命に生きる”人の姿だった。彼女たちは口を揃えて、「子どもがいなかったら今の自分はなかった。強くなれなかった。」と話す。しかしシングルマザーで競技することには、想像もつかない苦労がある。それでも現状に言い訳をせず、自分ができること、そしてやりたいことを全うする。その信念が、言葉の端々からほとばしっていた。リングでは一切消極的な姿勢を見せない、彼女たちの強さの根源に触れられたような気がする。

●吉田実代
鹿児島県鹿児島市出身、三迫ボクシングジム所属。第5代・第7代WBO女子世界スーパーフライ級王者。第6代OPBF東洋太平洋女子バンタム級王者。初代日本女子バンタム級王者。
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●東陽子
兵庫県明石市出身、リバーサルジム新宿Me,We所属
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●erika
沖縄県那覇市出身、SHINE沖縄所属、NJKFミネルヴァアトム級王者。
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[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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