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事業経営や農業にも取り組む、元ボクシング世界王者・真道ゴーの生き方

「うちの家は貧乏やったんです」と開口一番に笑顔で話す、元WBCボクシング世界フライ級チャンピオンの真道ゴーさん。20166月の試合を最後に引退し、経営者として児童発達支援・放課後等デイサービスと就労継続支援B型事業を経営。無農薬無肥料の自然農法による野菜づくりなどにも取り組み、関わりのある方やスタッフ、家族が笑顔になれる活動を積極的に行っている。選手時代から性同一性障害を公表し、引退後に戸籍を男性に変更。現在はパートナーと共に3児の親として子育て真っ最中だ。また、講演活動や取材などを通じて、性同一障害で悩み続けてきた過去の経験を伝える活動もしている。

真道さんは、自分自身を「価値のない人間」と感じていた。しかし、ボクシングとの出会いから人生が変わったという。今回、選手時代から経営者として二足のわらじを履いて活動してきたエピソードを伺った。そこには、貧乏ながらも人徳を教え育ててくれた、母の背を追う現在の姿があった。

初めて自分の価値を見出せたボクシングとの出会い

大学まではバスケットボール選手として、一次リーグで活躍していた真道さん。しかし性別について悩み、大学を中退。居場所を探して夜の世界へ飛び込んだ。ボクシングとの出会いはそれから約1年後のこと。救急救命士を志し、体を鍛えようとボクシングジムに入会。ボクシングを選んだ理由について、真道さんは「性別のことで差別するやつらを(強くなって)見返してやろうと思ったからです」と話してくれた。

もともと体を動かすことが大好きだった真道さんは、老若男女がサンドバッグを一生懸命パンチしている環境や汗臭さに、懐かしさと喜びを感じたという。会長に才能を見出され、入会後たった2ヶ月にも関わらずプロテストを受験。ジャブやストレート、あるいはディフェンスも分からない中だった。実技テスト直前、セコンドから「お前は手が長いから、左手を伸ばしながら左にまわり、(相手が)来たところで思いっきり右をふれ」と言われた。その通りに動くと、気づいたら相手が目の前で倒れプロテストに合格した。

そして約3ヶ月後、20085月プロデビュー戦を迎える。勝敗は残念ながら敗け。プロの厳しさを味わった。しかし、最後まで果敢に喰らいつく姿に、観客からは「いい試合だった」と声をかけられた。そのとき「自分はボクシングに出会うために今まで生きてきたんだ。よし、この世界でてっぺんを取ってやろう」と、誰よりも練習し、誰よりも努力し、誰よりも学ぶことを心に誓ったという。

その後は破竹の勢いで、2011年に東洋太平洋王座獲得。初の世界タイトル戦は敗北を喫するものの、2013年に念願のWBC世界フライ級チャンピオンを獲得した。

事業を始めたキッカケはパートナーの父親から受けた言葉

18歳の頃は、自分なんて死んでしまった方がいいって何度も死を意識しました。大学生のときにお付き合いしていた女性からは、結婚できないことや子どもができないことで将来を悲観することを言われ、相手を不幸にしてしまう自分は生きる価値がないし、(性同一障害のことを知ったら)地元の友人も両親も苦しむだろうなと思っていたんです。」

ボクシングをきっかけに、自身の価値を見出し始めた真道さん。ボクシング選手として生計を立てられるようになるものの、当時お付き合いしていたパートナーの父親から「今は世界チャンピオンだか何だか知らないけれど、引退したらどうするつもり?」という言葉をきっかけに考えを巡らせた。悩んだり苦しいことがあったりしても、体を動かせば気持ちが一瞬でも解放されるようだったという真道さんは、ふとこんなことを考えたという。

「運動が苦手な子、引きこもっている子、障がいがある子のように、運動したくてもできない子どもにこそ、活発に動く時間や環境が大事なんじゃないか?」

2010年、23歳のときに体育家庭教師を始めた。告知はインターネット。最初は数人しか集まらなかったが、少しずつ人数が増えて、障がいのある人でも誰でも通えるスポーツジムを地元・和歌山県に作る。トレーニングと事業で相当の労力が必要になるものの、子ども達や親御さんが喜ぶ姿を自身のエネルギーに転換し、2016年に引退するまで競技と事業をいずれも全うした。

運動を通じて子ども達に起こる変化

運動神経が良かった真道さんは、運動ができない子どもに運動を教えることの難しさから、“心と向き合っていくこと”を大切にしてきた。純粋に体を動かすことの楽しさを味わってもらい、自信をつけて元気になって、笑顔になってほしい。そういう思いで、一人一人と向き合っている。

当時はパートナーとお姉さんの3人で始めた事業。しかし、現在は両親と兄、姉の旦那さんと家族総出で「児童発達支援・放課後等デイサービス」を2施設、「就労継続支援B型事業」の計3施設を運営している。この施設に関わり、変化のあった子ども達もたくさんいるという。

「障がいに関連する本をたくさん読んだけれども、障がいによって『ストレスがたまりやすい』『こだわりが強い』とか書いてあるものの、それがなぜなのかという理由がなかった。だから、脳科学で運動が与える脳への影響についても学びました。そのとき、ある小学校で0時間体育(始業前に運動をする活動)を取り入れている学校があると知って視察させてもらい、学力と体力が比例することを知ったんです。運動神経が良いというのは、入力(指示・指令など)して処理して出力(反応)するのが早いということ。障がいは入力や処理、あるいは出力に何らかの問題があるなど、さまざまな原因から生じます。運動を通じて運動神経の伝達を高めれば、反応が変わってくるのではないかとひらめきました。」

一人一人の特性をつかみ、体力・筋力・体幹が鍛えられる運動プログラム。これは、真道さん自身が開発しているものだ。

「人間は、自分の身を守ることに一番エネルギーを使っています。私たちが橋の上で今にも落ちそうなところに置かれたら、『助けて』なんて言えません。障がいがある人はそういう場所にいるとされていて、だからこそ聴く力や見る力などが発達しづらいと言われているんです。運動を通じてバランス能力や筋力、体幹を鍛えてあげることで、それらの能力も発達するとされています。体を動かすって、良いことがたくさんあるなって思いました。」

障がい者に関する文献をあたった際、多く目にしたのはその障がいに対する対処の方法だ。しかし、それは真道さんが知りたかったこととは違った。根本的な原因と解決方法を探るため、脳科学などの知見を学んだ真道さん。「学生時代は勉強が苦手だったんですけどね」とはにかみながらも、事業のプログラムやアイディアの多くはご自身が考案しているという。

スタッフや家族、周りの人が喜ぶことを

「小さい頃から母親は、障がい者施設で人形劇などボランティアをしていました。連れられて施設に行くこともありましたが、母親はなんでこんな施設でボランティアをするのか…。だったら自分のために欲しいものを買ったり、食べたいものを食べさせたりして欲しいって思っていました。でも、そういう親の姿が今につながっているんでしょうね。ボクシングと出会っていなかったら、今の自分はありません。それまでは、心がポキポキ折れていました。すべての道をボクシングが作ってくれた。結婚することや子どもを持つこと、奥さんを持つことが夢だったから。自分にとって、ボクシングは夢の通過点でした。」

今では30数名を超えるスタッフを抱えるまでに事業が成長。子どもができたことをきっかけに、食にも興味を持つようにもなった。そして真道さんは「自分たちの体に入るものは自分たちで作ろう」と無農薬無肥料の自然農法を学び始め、農業にも取り組んでいる。

「初めて無農薬無肥料の野菜を食べたら、今まで食べたことがないほど衝撃的な味で、自然が持っている力ってすごいなと感じました。今の時代は便利になったし、経営者としてそれも取り入れていかないといけない一面はあります。でも、原点に戻ることも大切。もちろんお金も大切だし、ボランティアだけでは食べてはいけない。それでも世の中、食べ物と水があれば最低限は生きていける。自分たちで食べるものは自分たちで作って、体にも良くって、就労中に作業ができたり、作る力がついたり、子供たちやスタッフが喜びを感じてくれたらいいなって思っています。」

事業や農業、講演などさまざまな活動をしている真道さん。「昔はガラスのようなハートだった」とスタッフに話しても、誰も信じてくれないと笑う。葛藤を抱えていた時代を乗り越える基盤は両親が築き上げてくれていた。そして今、その裾野は家族や仲間たちと広げている。

素直になることとは、自分の心を抑えないこと

さまざまな葛藤に悩んでいた真道さんだが、次のような言葉を最後に残してくれた。

「辛さや悲しさは、人を不幸にするためではなく学ぶところだった思うんです。そして、もし辛かったら辛い、苦しいことは苦しいと自分の心の言葉を出すことです。これが、素直でいるとことだと思います。どんなことにも正解や不正解はない。自分の思うようにやる。精一杯やってきた人は、どこに行っても精一杯できる人なのだと思っています。」

引退後も自分の得意なことで人を喜ばせ、大切な家族や仲間に囲まれる真道さん。ボクシングは夢の通過点という言葉に、やりたいことに溢れている姿勢が見てとれる。次に描く夢はどのようなものなのか、今後の活動にもぜひ注目したい。

真道ゴー

1987年718日、和歌山県在住。株式会社真道代表取締役、元WBC世界フライ級チャンピオン。

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[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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