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「お金がないんじゃなくて、お金は作れ」WBO世界ミニマム級ボクシング世界王者・多田悦子選手の語る“競技一本で生きていく”ために必要なこと

多くのアスリートが直面する課題の一つに、「お金」が挙げられる。競技を続けていくうえでの生活費はもちろん、トレーニングやメンテナンス、あるいは遠征渡航費用など、多くの費用が必要になるものだ。野球やサッカーなどのプロ選手は所属先と契約を結び、金銭を受け取りながら競技している。しかし実際のところ、プロ・アマを問わず競技以外に仕事を持ちながら競技を継続しているケースは多い。そして、これは日本だけではない。東京2020オリンピックでボクシング女子ライト級の金メダリストとなったケリーアン・ハリストン選手(アイルランド)は、普段はダブリンにある精神科医院の清掃員としてパートタイムで働いている。また、米国メディア「Sportico」の調べでは2021年度スポーツ長者番付100で女性選手は2名のみ(大坂なおみ選手、セリーナ・ウィリアムズ選手)という結果もあり、男女による金銭格差も課題としてあがる。

・参考:Sportico「Top 100 Highest-Paid Athletes in the World」

今回はケリーアン選手と同競技のWBO世界ミニマム級ボクシング世界王者・多田悦子選手に、「競技一本で食べていく生き方」について話を伺った。多田選手はボクシング界の中でも、他に仕事を持たずボクシングのみで生活している数少ない選手の一人。お金を生み出すノウハウのみならず、普段から大切にしている考え方や姿勢などについてもお伝えしよう。

――今回は「アスリートとお金」をテーマに伺わせて頂きます。

ありがとうございます。当時は、どうすれば支援してくれるスポンサーを集められるのか、まったく分かりませんでした。だからこそ、お金の生み出し方についてはすごく考えてきましたね。今はSNSなどがあるので、自分の活動や想いを発信しやすくなっています。だから選手たちはSNSを使うなど、自己プロデュースがすごく上手だなと思います。自分の頃はSNSなんてなく、状況も違いましたから。

――最初から競技のみで生活できたていたのですか?

いやいや。最初はトレーナーをしていました。スカウトしてくれたボクシングジムから、「トレーナーとして働きながら競技しないか」と誘ってもらえたんです。

高校からアマチュアで競技していましたが、2008年の北京オリンピックで女子ボクシングも競技入りすると聞いていたので、「オリンピックの金メダル」を目標にずっと頑張ってきました。しかし実際には北京でオリンピック競技には入らず、2012年のロンドンオリンピックから女子ボクシングは正式種目になっています。そんな途方に暮れていたときにスカウトしてもらえたので、「金メダル」から「プロになって世界チャンピオンになる」という夢を描けたんです。当時は競技をやめて、何か事業をやろうと思っていました。だから、スカウトしてもらえたことにすごく感謝しています。

先日の東京2020オリンピックで入江聖奈選手がボクシング女子で金メダルを獲得したニュースは、めちゃくちゃ嬉しかったですね。自分が生きているうちに自分の描いた夢が実現され、女子ボクシング選手が金メダルを獲得する姿を見られたのは最高でした。

――確かに入江選手のニュースは日本中で盛り上がり、競技の注目度も上がりました。多田選手は世界チャンピオンに夢をシフトし、そこからトレーナーとして働きながらの暮らしが始まったのですね。

そうですね。当時住んでいた兵庫県から引っ越さなくてはいけなかったのですが、住まいのことや暮らしの色んなことを工面してくれて、本当にありがたいスタートを切ることができました。

日本ボクシングコミッション(JBC)が女子部門を創設したのが2007年なので、まだ当時は女子ボクシングがプロ化されていなかった頃です。プロ化する一年前にスカウトしてもらえたので、その分だけ準備してデビューしました。アマチュア選手のときは、プロになる気なんて全然なかったんですけどね。ジムにスカウトしてもらえたのがキッカケで、また目標を立てることができました。

――どのようにして、競技一本で生活できるよう取り組んだのですか?

トレーナーをしていたときは1018時まで休憩をはさみながら勤務して、その後に自分の練習をしていました。3年間くらいはそんな生活でしたね。でも、少しずつ練習に専念できる環境を自分で作り、競技一本で生活できるようにしたいと思い始めたんです。とはいえ、やり方はまったくわかりませんでしたけど。

まずは家に帰って通帳を見て、「もし給料が入らなかったら、どのくらい暮らせるのか」を考えました。逆に、「暮らしていくのにいくら必要なのか」ですね。そして、自分の給料より先に考えたのがトレーナーの給料。そのときのトレーナーと練習していきたかったので、「トレーナーの給料を確保しないと」と思ったんです。だから知っている経営者に電話して、トレーナーの給料の支援をお願いしました。でも後でトレーナーと話したら、ジムに所属してトレーナー業をやるというので、給料の確保は必要なくなったんですけどね。

そうしたら相談していた経営者の方が、自分のスポンサー費用を出してくれて。さらに、そういう会社が数社あらわれて、一ヶ月経たないうちに暮らしていける費用が集まったんです。これには、「行けたじゃん!」って驚きました。

でも、これは自分の力じゃありません。すべて、友人や知人が繋げてくれた人や企業ばかりなんです。後で聞いたら、友人が自分のDVDを作って企業に送ってくれていたとか、応援してくれる人たちが一生懸命に動いてくれていたんですよ。自分で自分を売り込むことも大切だと思います。でも、こうして周りの方が紹介してくれる、人との繋がりは大きいですね。今でも試合のスポンサーをお願いすることがありますが、多くはやはり人を介して繋げてくれたご縁ばかり。今でもボクシングで食べていけるのは、こうした繋がりのお陰なので本当にありがたいです。

――紹介してくれると自薦に他薦も加わるので、信頼は得られやすいのかもしれませんね。競技性はもちろん、お金を稼げることおも重要なアピールになるのだと思います。

当時は女子ボクシングを盛り上げたい一心で、その熱意は会う人会う人に伝えていました。「自分の夢にのっかって欲しい」って伝える以外、そのときできることは思いつかなかったですね。熱意だけ、とにかく一生懸命だったとは思います。

自分で営業すると決めたときは、目標として「まずは1,000万円」が浮かびました。1,000万円プレーヤーが出てきたら、このボクシングの世界を目指す人が増えるかなと。単純に「お金が欲しい」だけじゃなくて、ボクシングの世界には「貧乏は美学」みたいな雰囲気があると思うんです。「苦労してでもやる」というような…。でも、自分はそう思いませんでした。今は随分その雰囲気は変わりましたけどね。練習や試合でも、こんなしんどいことをして、「(お金は)これだけしかもらえないのか…」なんてなりたくない。「お金がないから」とボクシングをやめた後輩もいたので、絶対に這い上がってやろうって思っていました。だから、「お金がない」とは絶対に口にしません。口にすると、そういうマインドになってしまう。もし金銭のことで相談を受けたら、「お金がないんじゃなくて、お金は作れ」って言います。競技に集中できる環境は、自分で作るしかないんです。

今まで海外でも試合をしてきましたが、海外の選手はみんな人生を懸けているんです。一家の生活をボクシングで養っている選手だっているし、負けて(途方にくれて)泣きそうな選手もいっぱい見てきました。だから、もっと貪欲でいいんです。ボクシングは比較的お金をかけなくてもできるスポーツ。グローブとシューズがあれば、拳一つで這い上がれるスポーツだと思っています。そして這い上がっていきたい人がもっと増えたら、業界のレベルやスキルだって上がっていくんじゃないでしょうか。

――「多田さんだからできる」と言われることはありませんか?繋がりを作り、競技一本で生きるために必要だと思うことを教えてください。

それは、ありますね。友人から営業が不得意な人もいると聞いて、「確かにそうだな」って思いました。競技一本で生きていけることは、もちろん大事です。でも、営業することや生活が安定しないことで、気持ちがブレるならやらないほうがいいと思います。

先日、デビューしたての後輩が「ボクシングで稼いで親に家を買ってあげたい」と言うので、「だったら、すぐに稼げる仕事を探す方が早いのでは?」って返しました。夢があるのは良いことですが、現実はそんなに甘くありません。でも、その後輩は一生懸命ボクシングを頑張っているので応援したく、自分なりに取り組んできたセルフプロデュースの仕方を、後日メモにまとめて渡しました。

まずは、自分でセルフプロデュースをしないと。自分がどんな目標を描いて、どんな世界を目指しているのか。そのストーリーを見せることが必要です。でも、言っているだけでは変わらないし、変わるわけがない。だから、そこから行動を見せるんですよ。行動で見せる人は少なくて、口先だけの人なんていっぱいいます。だから、何よりも自分が行動すること。そこから、応援してくれる人との繋がりが広がっていくはずです。

そして、自分の目標を明確に伝えること。自分も相手に伝えるときは、「いつまでに」「どこで」「何を成し遂げる」などと伝えるよう意識しています。応援してくれている人が相手ですから、それくらい明確に伝えなきゃダメでしょう。

表現力や言葉はもちろんですが、重要なのは言葉と行動が伴っていることです。自分は相手に伝えるとき、必ず相手の目ん玉を見て話します。でも、迷いがあると「応援してください」って言えないもの。自分にも、自信を持って言えないときがありました。だからこそ、自分がどうしたいかを明確にするんです。個人の力には限界があるので、所属先や周りがもっとサポートできる環境も必要だと思います。そういう環境を、もっと作っていかないといけない。でもまずは、選手本人の熱意や想いじゃないでしょうか。

――今、多田選手が目指している目標は何ですか?

ボクシングの本場、アメリカで試合することです。そのために、まずは10月に控えている韓国での王座防衛戦に勝利すること。昔は「女子ボクシングを盛り上げたい」と思っていました。でもプロを約15年続けてきて、今は人を動かすことより、まず自分のボクシングをやり抜くことを考えています。

そして、人は宝だと思っています。応援してくれる人がいてくれたからこその“今”。だから、「大好きな人たちと色んな想いを形にしていくこと」が今の夢ですね。自分は理想を現実にしていく、そういう生き方がしていきたいんです。たとえ失敗しても欲張らない。そうなりたいと思うと頑張っていけます。そのためには、費用はかからないけれども、一番は根気が必要ですね。

ノウハウよりも大切なこと

多田選手は質問のたび、「人を大切にする」ということを何度も繰り返し含めて答えていた。世の中を見渡せば「人脈を作る」「早く稼げる」など、耳触りの良いノウハウが転がっている。しかし多田選手の行動は、その一つ一つに「人を大切にする」ことが土台としてあったからこそ、「稼ぐ」「夢を実現する」が成り立っているのだという構造が見えた。そのためにも、まずは自分の思いを明確にすることと、人へ伝えること。簡単に思えるようなことかもしれないが、たくさんまわり道しながら「応援してくれる人たちを喜ばせたい」というその一心が、今の多田選手を形づくっているのだと感じた。

多田 悦子(ただ えつこ)

WBO世界ミニマム級王者。兵庫県西宮市出身。真正ボクシングジム所属。第2代WBA女子世界ミニマム級王者、第5代IBF女子ミニフライ級王者、第7代・第9代WBO女子世界ミニフライ級王者。WBA王座は9度防衛しており、日本人女子では小関桃に次ぐ第2位の世界王座防衛記録である。

[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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