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日本を飛び出して海外のプロリーグに挑む野球人たち

2016年に発刊され、米国の野球ファンの間で話題になった本がある。“The Only Rule Is It Has To Work” 「唯一のルールは成功しなくてはいけないこと」(筆者訳)と題されたこの本の舞台はメジャーリーグではなく、ましてマイナーリーグですらない。カリフォルニア州を中心に活動する独立リーグ「パシフィック・アソシエーション」に所属する、ソノマ・ストンパーズというチームの2015年シーズンを描いたものだ。その年のストンパーズは、現在ではメジャーリーグの主流になったセイバーメトリクス(統計学におけるデータ解析)に基づく野球戦略を駆使してシーズンを戦った。

この本には2人の日本人が登場する。ベンチコーチとして開幕を迎え、シーズン途中で監督に昇格した三好貴士氏。そして、レギュラー内野手として活躍し、ゴールデングラブ賞も受賞した安田裕希氏だ。

三好貴士氏

三好氏はその後も同リーグの最優秀監督賞を2年連続で受賞するなど実績を積み上げ、さらにはメジャーリーグであるミネソタ・ツインズ傘下のマイナーリーグでコーチに迎えられた。2021年シーズンは、ルーキーリーグにあたるフロリダ・コンプレックス・リーグ・ツインズで監督を務めている。

安田裕希氏

安田氏は2018年、米国の独立リーグでも最高峰レベル(3A級)とされるアトランティック・リーグに移籍。その後も世界がコロナ禍に見舞われた2020年以外は毎年海外に渡り、現役野球選手であり続けている。2021年は正式契約には至らなかったものの、メキシカン・リーグに所属するチームの練習に3か月間参加した。メキシカン・リーグは前年までメジャーリーグ組織下で3Aレベルの1リーグだったが、2021年のマイナーリーグ組織改編に伴って独立した。

三好氏と安田氏に共通しているのは、日本での野球のキャリアが高校野球までで終わっているということ。もちろん、日本プロ野球の経験はまったくない。2人とも若くして単身で米国に渡り、独立リーグを中心にいくつもの野球チームを渡り歩いてきた。

厳しい環境は野球にとって障害ではない

もちろん、独立リーグの生活は厳しい。冒頭で取り上げた書籍では、ある選手のサラリーが1シーズン400ドルと紹介されている。それでも契約を結べたら良い方で、安田氏はトライアウトを受けるために長距離バスのターミナルで寝ながら旅をすることもあれば、何人ものチームメイトと雑魚寝でシーズンを過ごすこともあった。三好氏はコーチとして雇われたはずが、ボイラー室しか寝る所がなかったこともある。しかしそうした経済的苦境、あるいは快適とは呼び難い居住環境も、彼らにとっては大好きな野球を続けることへの障害にはならなかった。

田久保賢植氏

日本を飛び出し、海外で野球に挑戦している選手は他にもいる。例えば田久保賢植氏は17歳でフロリダ州のベースボールアカデミーに参加したことを皮切りに、全部で6か国の職業野球チームでプレイした。現役引退後は海外での豊富な経験を活かし、日本で野球指導者の道を歩んでいる。

中村太一氏

あるいは中村太一氏は、大学在学時にスカウトリーグに参加するために初めて渡米し、その後も米国野球への挑戦を続けている。コロナ過でリーグ自体が縮小した2020年も、そしてまだその影響が続く2021年も、テキサス州を中心に米国南西部に展開する独立リーグ「ペコスリーグ」でシーズン終了までプレイした。

海外には野球を楽しむための舞台がある

彼らと話していて、あるいは失礼になるかもしれないと思いつつ、どうしても尋ねずにはいられない質問があった。

「あえてそんな苦労をしなくても、日本で野球をした方がずっと良い環境だったのではないか?」

睡眠も十分に取れず、バランスの良い食事もできない。トレーナーでもある筆者からすると、そんな生活を送っていては、アスリートとしての肉体を作り上げることも、コンディションを維持することもできないとしか思えなかったからだ。海外に行くために就労ビザを取るのは大変だし、言葉の問題もある。あるいは渡航費用だってかかるが、日本にいれば、そうしたことに煩わされることはない。野球が上手くなるための時間を、もっと取れるのではないか。

彼らは筆者のそんな問いを、一概には否定しなかった。「そうかもしれませんね」と答えつつ、それでも海外に飛び出したことを後悔する言葉は、誰からも聞くことはなかった。大学1年生で指導陣と衝突し、野球部を退部した田久保氏は次のように話す。

「日本では一度でも正規のコースを外れると、もう一度挑戦するチャンスがないんです。だから、海外にそのチャンスを求めました。」

そしてメジャーリーグに近いレベル、あるいはメジャーリーグを経験した選手たちとの実戦や練習を共にした安田氏は、こう言い切った。

「確かにとてもレベルは高いし、勉強になることは多かったです。でも、自分がついていけないとは思いませんでした。」

さらにコロナ禍で制約が多い中、周囲の反対を押し切って渡米した中村氏。しかし、今シーズンは、満足のいく結果は出なかったという。それでも「単純にアメリカの野球が好きですし、今シーズンもすごく楽しかったです。」と、目を輝かせていたのは印象的だった。

元メジャーリーガーで現オリックス・バファローズのコーチである田口壮氏は、著書『野球と余談とベースボール』の中で「世界は野球であふれている」と述べている。そして、それぞれの野球には“お国柄”が出るのだそうだ。日本の野球は求道的で、米国の野球が楽しさを求めているとはよく言われることである。しかし、そのどちらが合うかは、国籍より個人に帰する事柄だ。日本の野球に行き詰まったとしても、世界には野球を続ける道が開かれている。このことは、野球を志す方々ならば知っておいても無駄ではないだろう。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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