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元プロ野球選手・荻野忠寛氏が提言する最高の指導者像。センスが問われる時代に不可欠な能力とは

アスリートの能力を引き上げる指導者の教えは、選手たちに大きな影響を及ぼすもの。一方で現在のスポーツ・アスリートの世界では、体罰をはじめとした事件が明るみになるなど、根本的に指導方法を見直す必然性が問われている。「指導」とは教え導くという意味を持つ、改めて本来の意味を抜本的に問い直す機に差し掛かっているとも言えるだろう。

今回、小・中学生の指導にも携わっている元プロ野球選手の荻野忠寛氏に取材させていただいた。引退後、知的障害のある生徒にも甲子園を目指すチャンスをサポートする「甲子園夢プロジェクト」の理念に賛同・参加するなど、多岐に渡って活動の輪を広げている。ご自身のYouTubeチャンネルでは野球上達のために「やるべきこと」ではなく、「NO=やってはいけない練習方法」を積極的に配信。では、なぜ敢えて「やってはいけないこと」を伝えているのか。指導のうえで大切にしていることや、野球を含めたスポーツの持つ可能性と共にお話を伺った。

小・中学生の“成長の早い方が有利”の盲点

僕は幼少期に成長が遅く体が小さかったため、体育で誰よりも努力しているのに成績で「3」がついたことがありました。「これは僕が悪いんじゃなくて、成績のつけ方の基準が悪い」と感じ、先生に抗議をしたくらいです。もしかしたら「こいつは何を言っているんだ」なんて思われていたかもしれませんが、努力に対して不服に思うところがありました。

小学校2年生のときに野球を始めてプロ野球選手の夢を抱いたものの、当時の成績はとてもプロを目指せるレベルではありませんでした。高校は自ら出願したスポーツ推薦枠で、都内の私立桜美林高校に入学。高校1年生のときの球速は114キロと中学生でもいるレベルで、投げれば打たれる選手でした。ようやく成績が上がってきたのは高校3年生の頃。体の成長がやっと追いついてきたのです。当時はここで「本格的にプロのレベルが見えた」と思っていましたが、周りから見ればまだまだ大きな勘違いだったかもしれません。そこから大学進学、そして社会人野球を経て2006年ドラフト4巡目でドラフトにかかり、千葉ロッテマリーンズに入団しました。

野球の難しい点は、児童の年代では競技において成長の早い方が有利で、技術は二の次の部分があるところです。強豪の小学生を集めた選抜チームで争う全国大会では、身長170cm以上の小学生も珍しくありません。体が大きいことが優遇視されるのですが、そこに大きな問題があります。なぜなら、有望視される選手が幼少期から連投して、故障をする事例が多く報告されているからです。

強豪の小学生ピッチャー、ひじの故障歴8割という衝撃事実

少年野球の現状として、小学生のピッチャーの約8割に肘にケガをした故障歴があるという衝撃的なデータがあります。

  • 肩肘障害歴(形態異常+剥離骨折+OCD):投手79.5%、投手捕手兼任80

▼参照:日本肘関節学会雑誌2722020|学童野球トップレベル選手に実施した野球肘検診の結果

この原因は過度の練習です。甲子園で連投による投数制限が問題視されましたが、小学生などもっと低年齢から制限を設けなければいけません。中には少年野球チームで年間220試合するというチームもあり、1日23試合は当たり前です。

もう一つのデータとして、プロ野球12球団における20192021年の先発ピッチャーの一覧があります。開幕戦の先発は、基本的に球団の中でもっとも良いピッチャーが投げます。ここで注目して欲しいのは、野球経歴の「軟式・硬式」「出身高校」です。

(本人提供資料)

この一覧を見ると、軟式出身で強豪ではない高校の出身が多くを占めます。つまり、幼少期から高校生まで有望視されていた選手でも、故障を抱えてしまうことでプロまで生き残りづらいのです。ただしメジャーリーガーになった日本人選手を見ると、ほとんどの選手が「硬式」「強豪校出身」。このことから、日本はすごい人材の損失を出していることが読み取れます。

メジャーリーガー大量排出国・米国、ドミニカ共和国との違い

世界最高峰のプロ野球リーグ・メジャリーグがある米国には「Pitch Smart」という成長期用の野球選手用のガイドラインがあり、これには次のように書かれています。

9歳~12歳>

  • 12ヶ月の間に80イニング以上投げてはいけない
  • 1年間に4ヶ月はボールを投げない期間を作る必要があり、そのうちの2〜3ヶ月は連続していなければいけない
  • ピッチャーとキャッチャーを兼ねてはいけない
  • 一日に複数の試合で投球してはいけない
  • 1年の間に他のスポーツを行う

※一部抜粋

・参照:メジャーリーグベースボール公式HP「Pitch Smart

ここでは細かく設定された年齢別の球数制限を設けるなど、野球を安全にプレーするためにさまざまな制限と推奨される考え方が提示されています。注目したいのが、「1年の間に他のスポーツも行う」と明記されている箇所。米国は野球を通じて“スポーツをやる人”を増やし、スポーツの発展を視野に入れているのです。

一方、メジャーリーガーを多数輩出しているドミニカ共和国の指導は、「彼らが25歳のときにどうなっているのか」を視野に入れています。日本の小学生では離断性骨軟骨炎(OCD)の疑いのある選手が2〜8%いるのに対して、ドミニカ共和国は0%。ドミニカでは“子は宝”であり、故障で野球を辞めてしまうことは損失だという考え方があるのです。

良い指導者とは「足を引っ張らない指導者」

プロ野球を含めさまざまな世界を見てきた中、僕の考える良い指導者に大切なことは教えてあげることではなく、「余計なことを言わない、足を引っ張らない」こと。なぜなら子どもは、育つ環境さえ整えておけば勝手に育つのですから。そして多くのトップ選手は「誰かに教わった」ではなく、自分で調べて自分で練習しているような人ばかりです。僕たち指導者仲間は、よく「“はい”と返事して言われた通りにやるばかりの選手ではなく、指導者の言葉にも疑いを持って自分で考えられる選手を育てなきゃダメだ」と話しています。

そう考えたとき、僕の考える指導方針は「子どものセンスを高めること」です。「こうなりたい」「こういうプレーをしたい」がすぐにできる人はセンスが良いと言われますが、ここにアプローチした指導をするべきでしょう。特にこれからはセンスの時代に突入し、変化の激しい時代において必要な能力を早く身につけられることが求められていくと思っています。だからこそ、センスがある方がより生きやすくなるはずです。

その点、アスリートは自分の力で自分を成長させる能力、自分で自分をしあわせにできる能力が高いと思っています。例えば野球のバッティングで「もうやることなくなった。10割で打てます」という人が存在しないように、スポーツはゴールにたどり着いた人が一人もいません。それでも根気強く努力し続けられることが、アスリートが持つ絶対の強みです。だからこそ小中学生の早い段階で、勝利至上主義の考え方や人と比較することではなく「今までの自分と比べてどうなったか」に特化して考えさせること。そうすれば大人になったとき、何か上手くいかなくても「今までの自分より上手くいったこと」「新しいことを知ったこと」に生きがいを感じられるのではないでしょうか。

ボビー・バレンタイン監督が常に口にしていたスポーツの本質

僕は幸運にも、入団当時に監督を務めていたのがボビー・バレンタイン(米国)でした。ボビーはことあるごとに「みんなの幸せ」を口にしていました。組織(チーム)より選手やその家族の幸せと、常に組織より個を重視していたのです。チームが勝利することよりも、ケガを抱えて選手が不幸にならないことを最優先に考えていました。

勝たなかったら価値がないというのは、本来のスポーツの価値ではないと思います。スポーツはより良く生きるための手段であり、スポーツすることによって将来不幸になることがあってはなりません。生涯に渡ってスポーツを楽しむことにこそ、本来の価値があるのではないでしょうか。

野球界の抱える野球離れの課題

荻野氏は現役時代、全力で投げて打った相手に拍手を送ったと言う。これは相手に敬意を評し、素直に「すごい」と思ったからだ。「野球が楽しい」という思いが、荻野氏に脈々と流れていた印象深いエピソードである。

現在、野球界は「野球離れ」も課題として抱えている。スポーツ庁のデータによると競技別人口は10数年前より明らかに人数が激減しているが、その原因は少子化だけではないはずだ。もちろん、諸外国を模倣することがすべてにおいて是とは言わない。しかし、日本が抱える野球選手の故障という実態は、確実に変革が必要だろう。

▼参照:スポーツ庁|『30』年後には運動部活動の生徒は半減する?!

荻野忠寛(おぎの ただひろ)

1982年426日生まれ。東京都町田出身で桜美林高校、神奈川大学、日立製作所を経て、2006年のドラフトにて千葉ロッテマリーンズから4巡目で指名。リリーフピッチャーとして2007年から3年連続50試合登板。2008年には30セーブをマーク。2014年に退団。退団後、日立製作所野球部に復帰。2年間プレーし2016年をもって選手生活を終える。

現在は、センスを磨く指導者として小学生から大人まで幅広く指導に当たっている。野球の現場だけでなく学校や塾、企業等で授業、講演、研修、等を行いスポーツで得た知識や経験を多くの人に伝えている。

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[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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