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米国で人気の山岳ランレース「大人のためのサマーキャンプ」を通じて感じたスポーツ観の違い

202182日から7日までの6日間に渡り、米国コロラド州で行われた「Transrockies Run 2021」(以下TRR)。コロラドロッキー山脈の高地をテントに寝泊まりしながら約200km走る、そんな山岳レースである。一般ランナーでも参加できるレースとしては、米国でもっとも過酷なものの1つ。実際に筆者も参加したのだが、ランナーたちにはあまり悲壮感がないことが印象的だった。レースを運営する側も、何より楽しさを前面に出していた。そんな本大会のキャッチフレーズは「Summer Camp for Big Kids」(大人のためのサマーキャンプ)だ。山岳レースの楽しさと過酷さ、そして本大会を通じて考えた日本とのスポーツ観の違いについてお伝えしよう。

TRR公式ホームページ

至れり尽くせりのキャンプ生活

ある日のテント村。テントの設営と撤収はスタッフの手で行われる

 TRRの参加費は約20万円と、決して安い金額ではない。しかし、それによって受け取ることができるサービス(とあえて呼びたい)分の価値は、十分以上にあると筆者は考えている。

まず、ランナーはテントを張る必要がないし、テントを畳む必要もない。レース前日にはスタート地点近くのテント村に、全員のテントがスタッフによって用意される。ランナーは自分の寝袋と荷物を、そのテントに運び入れるだけで良いのだ。そして、翌朝のスタート前に荷物をダッフルバッグに詰めてスタッフに渡すと、その荷物はゴール地点まで運んでくれる。テントはスタッフが撤収し、次の目的地でテント村が再設営されるわけだ。ランナーはただ必須装備(詳細は後述)のみの軽装で、1つのテント村から次のテント村までのコースを走るだけである。長いキャンプ生活を経験したことがある人には分かることだが、テントの設営と撤収を繰り返すことは、肉体的にも心理的にも面倒で辛い作業だ。これは、半日かけて山道を走った後ならなおさらだろう。それをせずに済むことの意味は、思っている以上に大きい。

また、朝夕の食事もテント村で提供されるから自炊の必要はない。昼間はコース途中に何か所かあるコントロールポイントで、果物やパンなどの軽食も取ることができる。飲み物や食べ物に関する心配がなければ、キャンプの荷物と負担は格段に減るだろう。それどころか、テント村では大会スポンサーのビール会社が、巨大なクーラーボックスに大量のビールを用意してくれていた。ランナーは、これがいくらでも飲み放題なのだ。

決して豪華なものではないが、テント村には十分な数のポータブルトイレやシャワーも用意されている。6泊7日食事つきで、コロラドロッキーを巡る旅行費が約20万円。それならば高くはないと考える人も中にはいるだろう。普通のパック旅行と違うのは、標高3,000m以上の高地で、険しい山道を1日平均32kmほど走破しなくてはいけないことだ。

山岳ランには危険がつきもの

この数十分後に天候は急変した

もちろん、高い山の中を長時間走り続ける(あるいは歩き続ける)わけだから、危険は常にある。山の天候は変わりやすいし、ときには生命をも脅かす状況になることもあるだろう。例えば中国・甘粛省で2021522日に行われた「黄河石林100kmトレイルランニングレース」で、21人のランナーが亡くなった事故の記憶はまだ生々しい。さらに825日にはフランスとイタリア、スイスのアルプス山岳地帯を走る「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(以下UTMB)」で、1人のランナーが滑落事故により亡くなっている。 

TRRでは必須装備として、以下の携行をランナーに義務付けていた。

  • レインジャケット
  • 帽子
  • 手袋
  • レスキューシート

毎朝のスタート前に必須装備のチェックが行われ、どれか1つでも足りないランナーはスタート時点でどれだけ晴れていても、その日のレースを走ることが許可されない。実際、こうした装備の必要性を実感した出来事にも遭遇した。スキー場の広がった斜面をトラバースするコースを走っている最中、強烈な雷雨に見舞われたのだ。しかも、その10分ほど前までは快晴であったにもかかわらず…である。幸い、しばらくして森の中に逃げ込むことができたし、雷雨も20分ほどで止んだ。だが、体温が急激に奪われる感覚と落雷の恐怖は身に染みて分かった。今となっては「何を大げさな」と笑い飛ばせるが、正直に告白するならば、実はそのときに死を覚悟したほどである。「妻と子供に何を言い残せるだろうか」なんてことを考えながら走っていたのだ。

山岳ランの楽しみを幅広い層に伝えるため、何が求められているのか

ある日のスタート前。この日は1日中雨が降り続いた

TRRの完走率は、平均85%程度だと主催者から聞いた。深刻な事故はなくても、怪我したり筋肉痛に耐えきれなくなったりして、途中で棄権するランナーも一定数はいるということだ。それでも、参加しているランナーたちの表情は明るかった。肉体的にきつくないわけはないが、それをも笑いのタネにするようなユーモア精神を所々で感じた。

TRRとほぼ同時期に日本で行われた「トランス・ジャパン・アルプス・レース」(以下TJAR)は、台風のために途中で中止になった。恐らく、日本でもっとも有名な山岳レースである同大会の公式ホームページや過去の映像を見ると、TRRと大きく雰囲気が異なることが分かるだろう。TJARには「過酷」「極限」などと言った言葉が目立つうえ、参加者の条件を厳しく制限しているからだ。

 ・TJAR公式ホームページ

これは、どちらが優れているということではない。TRRも楽しいだけではないし、TJARだって苦しいだけではないだろう。あるいは日米の国民気質やスポーツ観の違いから、強調するポイントが微妙にずれているだけかもしれない。本来は遊びであった「ベースボール」が、日本では「野球道」に変容していったように。

ただ一つ筆者が言えることは、TRRのような方針で行われるレースがなければ、山岳ランの裾野は現在以上に広がらないだろうということだ。2021年のTRRは参加者が300人を越えたが、その半数以上を女性が占めていたし、年齢層も20代から70代まで実に幅広い。さらには、親子で参加したペアもあった。一方でTJARは、30人に限定された参加ランナーのほとんどが3040代男性のようである。

世界的に、山岳レースでは男女のタイム差が小さくなってきている。走る距離が長くなるほど、男女差はますます小さくなる傾向があるのだそうだ。それどころか、男女が同じ条件で走るレースで、女性ランナーが男性ランナーを抑えて優勝するということも立て続けに起きている。2019年に続いて2021年のUTMBの女性部門も制し、史上最高のウルトラランナーとも呼ばれるコートニー・ダウルターは、今年のタイムが男女合わせても全体7位だった。本来なら女性に適性があると思われるスポーツの参加者が、男性に偏っているのは不自然ではないかと筆者は考える。さまざまな意見があることと思うが、果たしてどうだろうか。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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