剣道の稽古や試合は、剣道着と袴(はかま)を着用して行います。この剣道着と袴を着用した姿に魅力を感じ、剣道を始める方も少なくないようです。今回は、剣道の「袴」にスポットを当てます。剣道家にとって袴は、単なる運動服ではありません。剣道の袴には、剣道を行う上で重要な機能が備わっています。また、剣道の袴には、武士道精神の基本とも言える大切な教えが込められていることをご存知でしょうか。剣道で着用する袴をご紹介しながら、剣道の魅力に迫って参ります。

目次

剣道で着用する袴

袴とは、和装において、腰から下に着用する衣服です。洋服で言うところの、ズボンやスカートに当たります。袴は日本の伝統的な衣服で、その起源は弥生時代にまで遡るそうです。現代では海外文化の浸透などによって、着用する機会はほとんどありません。しかし、長い歴史を持つ袴は、重要な日本文化の一つと言って良いでしょう。

現代で着用されている袴は、一般的に形状が2種類に大別されます。一つは「行燈袴(あんどんばかま)」、もう一つは「馬乗り袴」です。行燈袴は中の仕切りがなく、ロングスカートのような形状になっています。一方の馬乗り袴は、キュロットスカートのように二股に割れているのが特徴です。名前の通り、馬に跨りやすい構造になっています。

このうち、剣道で着用する袴は馬乗り袴です。馬乗り袴は、走ったり足を大きく動かしたりする場面でも動きが制限されることが少なく、行燈袴よりも剣道には適した構造と言えます。

剣道における袴の利点

一般的なスポーツウェアは、足にフィットするようなタイトなシルエットのものを多く見かけます。足回りがスッキリしていて動きを妨げず、運動服としてはとても快適です。一方、剣道の袴はブカッとしたシルエットで、足回りに大きくゆとりを持たせた構造になっています。剣道でも俊敏な動きが要求される場面がありますので、身にまとう服に関しては動きやすさを重視したいところ。馬乗り袴である剣道の袴は、袴としては動きに制限が少ないとはいえ、スポーツウェアと比べると足回りに少々まとわりつく感じは否めません。しかし、この足回りに作られた大きなゆとりは、剣道を行う上で利点のある構造なのです。

剣道は、竹刀で相手と打ち合います。竹刀で打つ部位は基本的に防具で保護されているため、打たれても安全です。ただ、どうしても、防具で保護されていない部位に竹刀が当たってしまうことがあります。足回りに、竹刀が当たってしまったときのことを想像してみてください。足回りは防具で保護されておらず、袴を着用しているのみ。足を竹刀で打たれたら痛いですよね。でも、足と袴との間に大きなゆとりがあることで、その空間が緩衝材の代わりになってくれます。ブカッとした袴を着用していれば、足と袴との間にできた空間が、竹刀の衝撃を吸収・軽減してくれるのです。

もしも、袴が足にフィットしたデザインだったとしたらどうでしょうか。誤って足を打たれてしまったとき、きっと痛くて跳ね上がってしまいます。以前、こんなことがありました。剣道の稽古の一環として、刀で巻藁を斬っていたときのことです。一緒に巻藁を斬っていた仲間の1人が、ご自身の足に刀をぶつけてしまいました。巻藁を斬って振り抜いた刀を、ご自身の足に当ててしまったのです。幸いにも足が斬れることはなく、アザができる程度で済みました。このとき、もしも袴を着用していなかったら、この方の足は斬れてしまっていたかもしれません。思い出すと、今でもゾッとします。袴のブカッとしたデザインは、剣道を安全に行ううえでとても重要な機能になっているのです。

袴に込められた教え

剣道家にとって袴が単なる運動着ではない理由は、デザインや機能面だけではありません。剣道の袴には、武士道精神の基本とも言える大切な教えが込められていると言われています。

以下の画像は、剣道の袴です。剣道の袴には、前側に5本の折り目があります。この5本の折り目、なんだか不自然だと思わないでしょうか。剣道の袴は馬乗り袴ですから、中で二股に分かれています。折り目を左右の足に均等に配置すれば、袴の前側にある折り目は偶数になりそうなものです。縁起を担いで「4」を避けたとしても、折り目は6本が妥当なところではないでしょうか。

実は、この折り目の1本1本にも意味があるのだそうです。剣道の袴の前側にある5本の折り目は、「五倫」と「五常」という儒教の教えが込められているとされています。これらは、それぞれ以下のような意味を持つ言葉です。

<五倫>
君臣の義、父子の親、夫婦の別、長幼の序、朋友の信

<五常>
仁:人を思いやること。
義:正しい行いを守ること。
礼:感謝の心を表にあらわすこと。
智:知識を重んじ、正しい判断を下すこと。
信:人を欺かないこと。疑わないこと。

「仁・義・礼・智・信」からなる「五常」を守ることで、「五倫」と呼ばれる「君臣・父子・夫婦・長幼・朋友」の関係を維持するよう努めなさいという教え。この「五倫五常の教え」は、武士道精神のベースとも言われています。

袴の折り目は、もともと陰陽五行説の影響によって右に2本、左に3本が配置されたそうです。後に、この5本の折り目に五倫五常の教えがのせられるようになり、袴を履くときに五倫五常を意識するようになったとのこと。剣道で着用する袴は、剣道家にとって単なる運動服ではないことがお分かりいただけたのではないでしょうか。

「折り目正しく」という言葉があります。行儀作法がしっかりしている、立ち居振る舞いがきちんとしている、という意味で使われる言葉です。この「折り目」は、袴の折り目をあらわしているとも言われます。剣道着と袴を着用した姿が凛々しく見えるのは、「折目正しく」あろうとする剣道家の思いが姿にあらわれるからなのかもしれません。私も1人の剣道家として「折り目正しく」を目指し、修行を重ねて参ります。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。