2023年7月15日(土)から17日(月・祝)までの3日間にわたり、千葉県で「房総半島1周280K」が初開催された。梅雨明けを目前に控えた暑い時期にもかかわらず、280kmという距離を走り抜くウルトラマラソン大会だ。制限時間は54時間。つまり、ランナーは夜通し走ることになる。

当日は62名が参加し、完走者は12名だった。完走率は19.2%と低いが、大会が開催されたのは連日30度を超える真夏日。そう考えれば、完走者が出たことだけでも驚きだ。まさに「己との戦い」とも言える過酷なレースについて、その様子をご紹介しよう。

目次

笑顔で走り出すランナーたち

スタート地点は千葉県千葉市中央区にある『パデル&フットサル 晴れのち晴れ』。受付時間が近づくと、次々に参加するランナーが集まってきた。着替えや荷物の準備を済ませ、必携品のチェックを受けてスタートを待つ。ランナー同士、見知った顔が多いのか談笑する姿も多く見られた。

受付ではスポーツてぬぐい、ベースクッキー、VAAMゼリー等の参加賞が配られる。中には、そのままレース中にこれらを使用した人もいたようだ。てぬぐいは汗拭きになるし、飲食物は補給に良い。参加賞の中身にも、ちゃんとランナーへの配慮が取り入れられている。

混雑を避けるため、スタートは計測器にチップをタッチしてから1人ずつ走り始める。なお、この計測器はコース中も数か所に設けられており、タッチすることで各ランナーの地点通過がリアルタイムに把握できる仕組みだ。これから始まる過酷な道のりに、ランナーはどのような心境だったのだろうか。全員が笑顔を見せており、心から「走る」ことを楽しみに訪れているようだった。

木更津、富津岬を越えて鋸南町へ

コース上にはチェックポイントが設けられており、これらをすべて通過しなければいけない。エイド(補給所)になっていないチェックポイントでは、ランナー自身が写真を撮って進む。最初のチェックポイントは木更津駅。約31km地点ということで、もちろんランナーは元気に駆け抜けていく。

約48kmで、最初のエイドである富津岬へとたどり着く。ランナーは笑顔いっぱいだが、すでにフルマラソン以上の距離を走り切っているのだ。それぞれ走るペースが異なるので、しばらく一人だったというランナーも。久しぶりにスタッフや他ランナーと顔を合わせ、つい談笑に時間を割いてしまったという方もいたようだ。しかし、こうした時間も本大会における楽しみの一つだろう。

各エイドでは色々な食べ物が提供されている。こちらでは「スイカ」「冷やし中華」という夏らしい食事が振舞われていた。エイド以外はコンビニなどを使ってランナー自身での補給が求められるが、事前に「どこで何が提供されるか」は発表されていたため、これを踏まえて計画的に走っていたランナーも多かった。

ちなみに、富津岬は絶景ポイントでもある。展望台が設けられており、数名のランナーはこれを登って行ったそうだ。昼間と夕方とで移り変わるその景色は、ランナーの癒しとなったのではないだろうか。

そして日が暮れると、1回目のオーバーナイトランが始まった。オーバーナイトランとは夜通し走ることを意味し、本大会では二晩を越えなくてはいけない。必携品となっているヘッドライトやテールランプを点灯させ、暗闇の中を走って行く。

暗くてもチェックポイントの撮影を忘れてはいけない。もし忘れてしまえば、戻って撮影するかリタイアするかの選択を迫られるのだ。約74km地点にある『志駒不動様の霊水』は、何もない暗く長い一本道にあった。

そして約89km、2箇所目のエイド『パクチー銀行』へとたどり着く。真夜中、明るく照らされた室内で出迎えてもらえるのは、どれだけの喜びだろうか。次第に疲れが見え始めるランナーたちを、多くのスタッフが何時間も待ちながらもてなしてくれる。

パクチー銀行では、温かい『ジビエカレー』が食べられた。パクチーの有無は選択可能で、空腹を満たしてくれる素敵なメニューだ。レース後にも、ランナーから「あのカレーは美味しかった」という声がたくさんあった。

房総半島の最南端、そして鴨川から勝浦へ

パクチー銀行を後にすると、しばらくして空が明るくなってきた。一晩目とはいえ、きっと眠気に襲われながら走ったランナーも多かっただろう。太陽の光を浴びると、次第に身体が目覚めてくる。しかし、それは同時に暑さとの戦いを意味していた。

館山に着くと、目の前に海が広がる。約110km『渚の駅たてやま』がチェックポイントになっており、周囲には観光客の姿もたくさん見られた。しかし、2日目は1日目より気温が上がり、朝から大量の汗が出るような暑さ。海に飛び込みたい衝動を抑えつつ、ランナーは先を目指し走って行く。

恐らく多くのランナーを苦しめたのが、約120km地点にある洲崎神社だったのではないだろうか。チェックポイントになっているのだが、なんと148段もの急な石段を上がり、本殿を撮影しなければいけない。

そして約137km、中間ポイントと言える『滝口駐車場』のエイドに到着。暑さもあり、だいぶランナーの顔にも疲れが見え始めている。サンドイッチ、フルーツポンチ、そして夏野菜を食べながらしばし休憩。なお、すぐ近くには房総半島最南端に位置する『野島崎』がある。残念ながら当日はお祭りが開催されていて訪れることはできなかったが、ぜひ改めて観光でも訪れたいスポットだ。

次のエイドまでは約30km弱と、本大会でもっとも間隔が短い。海沿いに房総半島の東側を北上していくと、約165km地点にあった。この時点でリタイアする選手も出始めているが、カメラの前では皆さん元気な姿と笑顔を見せてくれる。さすが、これだけの大会に出場するだけあり、心身ともタフなランナーばかりだ。

水族館のシーワールドで有名な鴨川、そして勝浦へと向かう。途中には『仁右衛門島』『誕生寺』という2つのチェックポイントがあるが、疲れてもランナーは撮影を忘れないからさすが。次第に走れず歩きが入るようになっても、気持ちは常にゴールへと向いている。

次なるエイドは、ついに200kmを越えていた。約204kmの『官軍塚』だ。残りが2桁の距離になると、決して短いわけではないが「まもなくゴール」という気持ちが沸き上がってくる。房総バナナやエナジードリンクで補給し、用意されたマッサージガンでケアする方もいた。

なお、この時点ですでに、先頭と最後尾とでは大きく距離が離れている。そのため、エイドには日中に到着するランナーもいれば、深夜に到着するランナーもさまざま。二晩目ともなれば眠気も強く、エイドや道中で仮眠を取ることもあったようだ。

海から離れ、遂にゴール

チェックポイントの岩船地蔵尊を通過すると、いよいよ海から離れていく。一宮町付近から茂原方面に向けた道のりに入る頃には、制限時間も残り半日を切っていた。すでに多くのランナーがリタイアし、コース上を走っているのは出場者の半分にも満たない。走っているランナーも、すでに満身創痍の状態だろう。

約250km地点『十割そば 風』は、本大会における最後のエイド。残りの距離はフルマラソンを切っている。辛さを共有するように、途中で出会った他ランナーと一緒に走るランナーも多い。なお、実は最終ランナーがこのエイドに到着する前に、先頭ランナーはゴールにたどり着いていた。

ここを出れば、あとはゴールを目指して進むのみ。途中に『小中池公園』『おゆみ野あきのみち公園』という2つのチェックポイントはあるが、すでに距離もカウントダウンに入っている。しかし、迫ってくるのが制限時間。どのランナーもそれぞれの目標を胸に、最後の力を振り絞って走り出す。

そして続々と、選手たちがゴール『薬湯市原店』へとたどり着いた。誰もが達成感に溢れた、喜びの表情を見せてくれる。中には、ご家族が応援に駆け付ける姿も。最後まで軽快に走るランナーもいれば、なんとか足を進めて倒れ込むようにゴールするランナーも。280kmという道のりで、きっと思い出深い経験があったことだろう。ゴール地点は温泉で、ランナーには入浴券が渡される。走った後、疲れた体を癒せるのは嬉しい配慮ではないだろうか。

制限時間を過ぎた後も、コースに残ったランナーを待つスタッフ。数名は遅れながらもゴールへと走ってたどり着いた。そこにはスタッフだけでなく、先にゴールしたランナーの姿も。初開催となった本大会だが、「また次回も出ます」と宣言する方も多く見られた。過酷だからこそ、ランナーを引きつける何かがあるのだろう。次はどんなドラマが生まれるのか、己の限界にチャレンジしたいランナーは、ぜひ挑戦してみてはいかがだろうか。

By 三河 賢文 (みかわ まさふみ)

“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かした技術指導も担う。ランニングクラブ&レッスンサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室やランナー向けのパーソナルトレーニングなども。4児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表。

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