米国カリフォルニア州アーバインにある小学校敷地

クロスフィットにおいて最高レベルの世界大会である『クロスフィット・ゲームズ2023』が、2023年8月上旬に米国ウィスコンシン州で行われた。クロスフィットの大会は、競技種目が毎回変わることに大きな特徴がある。そして、その内容は大会直前になるまで明らかにされない。早くて1週間前、中には当日になってから発表される種目もある。個人競技部門の選手たちは4日間に渡り、1日に3個、合計で12個の種目を行ったが、その一つに「pull-overs」というこれまでに聞いたことがない動作が含まれていた。

逆立ちで階段を昇り降り、支える壁もなく行う逆立ち腕立て伏せなどかなり難易度の高い動作の後で、この「pull-overs」を鉄棒で16回行うと説明にある。一体、どんな動作なのだろうと首を傾げていたが、実際に競技が始まると拍子抜けした。なんと、単なる「逆上がり」なのである。

▼クロスフィット・ゲームズ公式YouTube動画

目次

アメリカ人が鉄棒を苦手とする理由とは?

逆上がり動作。場所は同アーバイン内中学校敷地

翌日、筆者が在籍するクロスフィットのジムでも逆上がり動作が話題になった。試してみると、1回もできない人がかなりおり、数回以上を連続してできる人はほとんどいなかった。日本人にとっては意外としか思えない光景だったろう。クロスフィットのジムに毎日のようにやってくる、つまりスポーツ意識が極めて高い人たちでも、鉄棒で逆上がりができないのだから。

日本ではまったく自慢にもならないだろうが、筆者はもちろん逆上がりは問題なくできる。実際にこの動作を行ったのは小学生以来だったかもしれないが、それでも16回連続に難なく成功してジムの仲間を驚かせた。さすがに目が回って少し気持ちが悪くはなったのだが、あえて平気な顔をして「日本じゃ、こんなこと幼稚園児でもできるぞ」と言い放っておいた。多少の誇張はあるが、嘘ではない。実際に小学校の就学前から逆上がりはできたのだから。そんな日本人(特に昭和の子ども)は、けっして珍しくないはずだ。

一般的なアメリカ人が鉄棒を苦手とすることは、かねてから不思議に思っていた。懸垂が1回もできない人が実に多い。これは体重が重くなってしまった大人だけではなく、子どもでもそうなのだ。高校野球部のオフシーズンで体力づくりに「懸垂5回、腕立て伏せ10回、スクワット15回」を1セットとするワークアウトをやらせてみようとしたところ、そもそも懸垂ができない球児がたくさんいることに驚いたものである。

クロスフィットでは鉄棒を用いたワークアウトは欠かせない

鉄棒がアメリカで珍しいわけではない。わざわざジムに出かけなくても、大人も使える高さの鉄棒が大抵の小中学校や公園などにある。しかし、それを使っている人を見かけることは稀だ。

ここからは個人的な推測だが、鉄棒への苦手意識はアメリカの学校教育に原因があるような気がする。せっかく校庭に鉄棒があっても、それを体育の授業で教えることをしないらしいのだ。ちなみに、縄跳びも同様の事情で、二重跳びができないアスリートは多い。

自転車の運転や水泳などもそうだろうが、単純な身体動作は子どもの頃に体で覚えておけば、大人になってもなかなか忘れないものだ。逆に、子どもの頃にそうしたチャンスを逃すと、大人になってから習得することは難しくなるのではないだろうか。

日本に少ない大人用の鉄棒

神奈川県川崎市内のある公園。日本でこの高さの鉄棒は貴重だ

鉄棒に関して、日本はアメリカと逆の状況にあると感じている。せっかく子どもの頃は鉄棒に親しんでいるにもかかわらず、大人が使える高さの鉄棒を見つけることが、現在の日本ではとても難しいからだ。筆者は帰国するたびに日本の各地で鉄棒を探すが、公園に設置されている鉄棒は子ども用の高さしかないことが多い。中学校などの校庭には高い鉄棒があっても、部外者はたとえ週末でも立ち入ることができない。アメリカでは公立学校の屋外施設は、時間外なら誰でも自由に利用できることが普通だ。

もちろん、日本に高い鉄棒が皆無だというわけではなく、探せば何とかなる。身長160cmの筆者なら膝を曲げずにぶら下がることができる鉄棒を、日本国内でも何か所か見つけてある。しかし、長身の人はもっと難しいだろう。これがアメリカだと、筆者がどれだけ必死にジャンプしても手が届かない高さの鉄棒がそこら辺にいくらでもあるのだ。

鉄棒はぶら下がるだけでも良い運動になる

鉄棒は手軽に運動ができる優れた機器だ。たとえ懸垂や逆上がりができなくても、ぶら下がっているだけでも筋力を鍛えることができる。構造は単純で占有するスペースは狭い。設置するにあたっての費用がさほど高額だとは思えないし、一旦設置してしまえばメンテナンスもほとんど必要ないだろう。子どもの遊び道具としてだけではなく、大人の健康増進のためにも、日本各地の公園や公共の場所に鉄棒がもっと増えるとよいなと感じる。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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