剣道の試合をご覧になったことはあるでしょうか。剣道は専門誌以外のメディアに取り上げられる機会が少ないため、皆さんが剣道の試合を目にすることはほとんどないはずです。恐らく、「剣道の試合って、いつどこで観られるの?」と思われている方もいらっしゃるでしょう。

そんな皆さんにお知らせです。2023年11月3日(金・祝)に、剣道界でもっとも注目が集まる大会が開催されます。それが、『第71回全日本剣道選手権大会』です。各都道府県の予選を勝ち抜いた総勢64名の選手達が東京九段の日本武道館で試合を行う、今年の剣道日本一を決定する大会です。優勝者には天皇杯が授与されます。

当日はNHKによるテレビ放送も予定されており、日本武道館への来場が難しい方でも剣道の試合をご覧いただける機会です。11月3日は、是非とも全日本剣道選手権大会をご覧ください。大会の詳細は、以下の全日本剣道連盟公式ホームページでご確認いただけます。

公益財団法人全日本剣道連盟 第71回全日本剣道選手権大会

ただ、剣道の試合をご覧いただくにあたって、1つ大きな問題があります。それは、剣道を経験されたことがない方にとって、剣道の試合は非常に分かりにくいということです。剣道の試合はルールに複雑な部分があるため、未経験者が勝敗を見分けるのは難しいでしょう。また、竹刀の動きがとても速く、竹刀が相手のどこに当たったのかを見極められないことも多いはず。試合観戦をお勧めしておいて申し訳ないのですが、剣道の試合は分かりにくいものと予めご承知おきください。

しかし、剣道の試合観戦は決してつまらないものではありません。剣道の試合には、他にはない魅力がたくさんあると私は確信しています。今回のコラムでは、剣道未経験の方に向けて、剣道の試合観戦を楽しむ視点をご提案します。11月3日の全日本剣道選手権大会を観戦する際、参考としていただければ幸いです。

目次

剣道の礼法

剣道は「礼に始まり礼に終わる」と言われます。まずは、剣道の独特な礼法をチェックしてください。

剣道では試合の前後に、試合者は立礼と蹲踞(そんきょ)を行います。剣道における蹲踞とは、しゃがんだ姿勢で行う礼法のこと。この蹲踞は、単なるポーズではありません。蹲踞を行うことで上半身から力みが抜け、呼吸を丹田(下腹)におろしやすくなります。呼吸を丹田におろすことで、高揚した気持ちが抑えられ、荒ぶった闘志が鎮まります。剣道において蹲踞は、剣道の勝負を非暴力的な闘いに昇華させるための重要な礼法と言えるでしょう。

剣道の試合では、勝者が拳を突き上げて歓喜することはありません。これは、勝者による相手への敬意のあらわれです。これについては下記コラムで取り上げておりますので、併せてご覧ください。

勝者がガッツポーズしない剣道。その理由と教えにもとづく競技特有の魅力とは

激闘を制した剣道の勝者が平静を保っていられるのは、試合の前後に蹲踞を行うからかもしれません。剣道独特の礼法を、是非ともチェックしてみてください。

ちなみに、茶道にも蹲踞があるそうです。茶道では「そんきょ」ではなく「つくばい」と読みます。茶道における蹲踞とは、茶室に入る前の客人が屈んで手を清めるために使う施設のこと。剣道でも茶道でも、蹲踞には心身を清める作用があるようです。

敗者の態度

剣道の試合では敗者の態度もチェックしてください。皆さんは、「花は桜木 人は武士」という言葉をご存知でしょうか。この言葉は、桜の咲き際や散り際の鮮やかさと、武士の潔さとを重ね合わせ、日本人特有の美意識をあらわしています。

剣道は、武士の精神や態度を学ぶための武道です。剣道の敗者は、敗戦から武士の潔さを学びます。剣道の試合では、敗者が試合場で崩れ落ちることはありません。敗者は潔く相手への敬意を示し、淡々と試合場を後にします。先述のとおり、剣道の試合では勝者も淡々としていますから、試合後の勝者と敗者は態度による区別がつかないかもしれません。敗者が勝者と同じように堂々として良いのが剣道です。剣道では、「見苦しき勝者となるより美しき敗者たれ」と指導されます。

剣道の試合は「潔さの美意識」という視点で観戦するのもお勧めです。剣道のルールが分からなくても、潔い態度から醸し出される美しさは誰でも感じられるはず。皆さんは、どの選手がもっとも美しいと感じるでしょうか。

日本文化として剣道を楽しむ

今回私がご提案した視点は、いずれも一般的な競技観戦とは異質な視点です。その理由は、私が今回の全日本剣道選手権大会を、日本文化の一つとして皆さんにご覧いただきたいと思ったからです。

剣道といえば竹刀。そして、竹刀のルーツは日本刀です。また、剣道の防具のルーツは戦国武将達が身に纏った甲冑だと言われています。剣道着や袴は歴史ある和装です。剣道の防具や剣道着・袴は、日本の伝統的な染色法である藍染めで染められています。そして、頭に巻く手拭いの起源は奈良時代まで遡るそうです。剣道は、日本文化そのものと言っても過言ではないでしょう。

剣道の試合はルールに複雑な部分があって、分かりにくいことは事実です。競技としての剣道を普及するならば、ルールは誰もが分かりやすいものに改正すべきなのかもしれません。しかし、剣道を日本文化の一つとして捉えるとどうでしょう。ルールの曖昧さが、剣道の特徴にも思えてきます。その曖昧さも、日本文化らしくて良いではありませんか。

11月3日は文化の日です。文化の日は日本文化に親しむ日。剣道の試合を観戦しながら、日本文化を振り返ってみてはいかがでしょうか。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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