筆者は米国の高校で長距離走の指導を始めてから、2023年で7年目のシーズンを迎えた。途中に新型コロナウイルスのパンデミックで中断した時期もあったが、これまでに指導した高校生ランナーの数は延べで100人を超えるだろう。

米国では普通、中学校までは部活動がない。そのため、高校で入部してくる新入生のほとんどは、それまでに陸上競技の経験がない素人だ。彼・彼女らをチームに迎えるシーズン初日、筆者は必ず次のような意味の言葉をかけることにしている。

「長距離走は素質より努力がモノを言うスポーツだ。練習を続けたら、誰でも必ず長く速く走れるようになる。」

この言葉に嘘はないと信じている。最初は1kmも続けて走れなかった生徒が、わずか数か月後に10km走をこなせるようになることは珍しくない。

しかし、どれだけ成長するかについては個人差がある。中には、いつまで経っても目立った成果が表れない生徒がいることも事実だ。その差を生む要因は、練習量や食生活の違いが大きいだろう。しかし、最近発表された研究(*1)によると、耐久力を必要とする運動に対する身体の反応に遺伝子がかなりの部分で影響していることが発見された。

*1. Responsiveness to endurance training can be partly explained by the number of favorable single nucleotide polymorphisms an individual possesses.

耐久系スポーツの練習に大きな効果が得られるかどうかは、生まれたときにある程度決まっているかもしれないのだ。

目次

耐久系スポーツに有利な遺伝子の存在

研究は英国内に住む20歳から40歳までの男女45人を対象に行われ、対象者は無作為抽出で2つのグループに分けられた。1つのグループには週に3回、20~30分の屋外ランニングを8週間継続するトレーニングメニューが課せられた。一方、別のグループは比較のために、普段と同じ生活を続けることが指示された。研究期間中、両方のグループに属する被験者たちが行ったすべての身体活動は観察され、食事を含む他の生活習慣には変化がなかったという。

被験者たちの有酸素運動能力を計測する手段には、クーパーテストが用いられた。これは、12分間を走ることができる距離を年代と性別によって評価するもので、シンプルだが分かりやすい方法だ。被験者たち全員はこのテストを研究の開始前、中間時点、そして終了後に実施。そして、被験者たちは唾液のサンプルから遺伝子情報を取得するための、DNA検査キットを与えられた。

トレーニングを課せられたグループは、クーパーテストのスコアが平均して11.5%向上した。しかし、その向上率には個人差があった。同じトレーニング量をこなし、また食事や生活習慣に変化がなかったにもかかわらずだ。数人の被験者たちは向上率が20%を超えた一方、研究前後でほとんど差が出なかった被験者もいた。

研究者らは被験者たちの遺伝子情報のうち、18個の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、以下SNP)に着目した。これらのSNPは、耐久系スポーツの能力向上と密接な関係があるということだ。すると、トレーニング効果が高かった被験者はこのSNPを多く持ち、一方でトレーニング効果が小さかった被験者には少ないか、あるいはまったくこのSNPを持たなかった。つまりこの研究結果は、ある種の人々が耐久系トレーニングの効果をより得やすく生まれついていることを示唆している。また、逆もまた然りだ。

遺伝子と資質

トレーニング効果にある特定の遺伝子が影響することが明らかになったわけだが、指導者としてどうするべきか対策を講じることは難しい。入部を希望する生徒に、遺伝子検査を課すわけにはいかない。また、趣味やダイエットを目的に走る人が、遺伝による向き不向きを気にする必要はまったくないだろう。言うまでもないことだが、トレーニング効果は遺伝だけで決まるものではない。食事、回復、そしてもちろんトレーニングの量と質が、依然として大きな要因であることには変わりはないのだ。

ある高校の長距離走チームが、次のような言葉を書いた揃いのTシャツを着ていたのを見たことがある。

「Hard work beats talent when talent doesn’t work hard.」
(筆者訳:努力は才能を凌駕する。その才能が努力をしないときには。)

しかし、高いレベルで競技を志すアスリートならば、自らの遺伝子情報を調べることにも意味があるかもしれない。ある特定の能力を人間の限界まで伸ばそうとするからには、やはりその分野における、生まれついての資質を無視するわけにはいかないだろう。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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