米国の学校は、8月末から9月前半の時期に新学年が始まる。その新たなシーズンが始まるまでの夏休み期間、我々コーチにはやっておかなくてはいけないことがある。スポーツの種類に関わらず、高校スポーツ指導者は安全に関するいくつかの講習を受講することが義務づけられているのだ。脳しんとう、熱中症、急性心停止、血液媒介感染など、スポーツの現場で起こり得る事故を予防する方法を理解し、それでも起きてしまったときの対応について学ぶものである。これらの講習を受講し、かつ試験にパスした証明書を学区に提出しないと、次シーズンの指導資格が得られない。

その中でも最重要視されているのが、CPR(心肺蘇生法)とAED(自動体外式除細動器)だ。他の講習はオンラインで済ませることが可能だが、CPR/AED講習は必ず実地訓練クラスを受けなくてはいけない。その資格は2年で失効するため、指導者であり続けるためには定期的に受講することが求められる。私はコーチ業を始めてから、今年で6年目のシーズンを迎える。つい先日、4回目となるCPR/AED講習を受講したばかりだ。

目次

CPR/AEDの手順

CPR/AEDとは、何らかの理由で呼吸困難あるいは心肺停止に陥った人に対して、救急車が到着するまでに施すべき救命処置だ。講習では受講者同士でパートナーを組むか、人形を利用して、実際の手順を一通り練習する。講習は半日程度かかるが、CPR/AEDの手順そのものはけっして難しいものではないし、覚えることが多いわけでもない。日本医師会のウェブサイトにある説明(*1)を見ると分かるが、頭の良い人なら数分で暗記できるだろう。

*1. 心肺蘇生法の手順

ただし、これらをすべて記憶していたとしても、実際に行えるかどうかは別の問題だ。例えば、心臓マッサージは1分間に100~120回のテンポで胸骨を両手で圧迫するとあるが、それがどの程度の速さと強さで両手を動かすかは実際にやってみないと分からない。だからこそ、実地訓練が必要とされるわけだし、2年に1回という頻度もけっして過剰ではないと筆者は考えている。

学生スポーツ選手に起こる一番の死因

CPR/AEDが重要視される背景には、高校や大学の学生スポーツで、一番の死因が急性心停止であることが挙げられる。ある研究(*2)によれば、全米で毎年4万人から8万人に一人の確率で、急性心停止による死亡者が出ているとのことだ。

*2. Sudden Cardiac Death in Athletes

0.01%に満たない確率とはいえ、分母を学生アスリート全体に広げると、けっして軽視してはならない数字であることが分かるだろう。例えば、筆者が所属するカリフォルニア州高校スポーツの競技人数は80万人を越える。これに上記の確率をあてはめると、同州内だけでも毎年10~20人の高校生が、急性心停止で亡くなっている計算になるのだ。

CPR/AED講習を指導者だけではなく、学生アスリートたち自身にも必須にするべきだという議論もある。ある選手が試合や練習中に突然倒れたとき、もっとも近くにいるのはコーチや監督ではなく、チームメイトであることが多いからだ。ある医学団体の調査(*3)によると、米国の大学アスリートで急性心停止が何であるかを知っていると答えたのは全体の50%に過ぎず、CPR/AED講習を受講したことがあると答えたアスリートは51%だった。

*3. Resuscitation After On-Field Cardiac Arrest Should Start with Teammates

これについて、日本ではどのような数字になるだろうか。

全米を震えさせたNFL試合中の出来事

2023年が始まってすぐ、全米を震撼させた出来事が起こった。1月2日夜に行われた米プロフットボール(NFL)のシンシナティ・ベンガルズ対バッファロー・ビルズの試合で、ビルズのセーフティーであるダマー・ハムリン選手(24)が試合中に倒れ、意識不明になったのだ。ハムリン選手の呼吸は停止しており、フィールド上でチームのアスレチック・トレーナーからCPRを受けた。数分後に到着した救急車へ搬送されたときは、まだ意識不明の状態だった。他の選手たちのショックは大きく、試合はそのまま中止になった。

幸いなことに、ハムリン選手は病院で生命をとりとめた。そして、その出来事からわずか4週間後、ハムリン選手はアメリカ心臓協会とパートナーシップを組み、CPRの知識と教育を広めるための活動「3 for Heartチャレンジ」(*4)を開始したことを発表したのである。なお、活動名にある「3」はハムリン選手の背番号だ。

*4. Join Damar Hamlin’s #3forHeart™ CPR Challenge.

筆者はこの出来事の一部始終を、リアルタイムでテレビ視聴していた。それまでにも急性心停止、そしてCPRについての知識はあったが、実際にそのような場面に遭遇した経験はなく、どこか他人事のように感じていたことは否めない。講習を受けながらも、本当にこれで人の生命を救うことができるとは思っていなかった。

ところが、実際にスポーツ選手が試合中に心停止に陥り、そしてCPRが蘇生に繋がることを目の当たりにして、あらためてその重要性を再認識することになった。今年の講習は、かつてないほど真剣に受講したことは言うまでもない。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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