集中力が高まり、感覚が研ぎ澄まされたように感じる状態のことを、「ゾーンに入る」と呼ぶことがあります。ゾーンに入った状態のアスリートは、例えばボールが止まって見えたり、相手の呼吸まで感じたりといった、不思議な感覚を体験することがあるそうです。

剣道では一流選手にまでならなくても、ある程度の剣道経験者であれば、同じように不思議な感覚を体験することになるでしょう。今回は私の拙い経験の中からではありますが、剣道におけるゾーンに入った状態、そして剣道で体験する不思議な感覚をご紹介します。

目次

過去のゾーン経験

私が体験したゾーン状態の中で、もっとも鮮明に覚えているシーンは学生の頃のことです。他校の選手と試合を行っている最中に、ゾーンに入った状態と思える体験をしました。前触れもなく突然に、相手の喉の部分が拡大鏡で見ているように大きくなったのです。

そして、その大きくなった相手の喉部に、自分の竹刀の先端が吸い寄せられていきます。竹刀が吸い寄せられる速度はスローモーションで、相手の動きも止まっているように感じました。自分の竹刀がどんどん相手に向かって吸い寄せられていき、ついには竹刀の先端が相手の喉部に到達。剣道では、竹刀の先端で相手の喉部を突くと、「突き」という技が決まったことになります。結果的に私は「突き」を決め、試合に勝利しました。当時、「ゾーンに入る」という表現はありませんでした。また、私は何が起こったのか不思議に思うばかりで、出来事を理解できませんでした。今になって思えば、このときの私は、きっとゾーンに入った状態で「突き」を繰り出したのでしょう。

この他にも、ゾーンに入ったと思える感覚を数多く体験しています。試合中に、相手が何を仕掛けてくるのか予知できてしまうこともありました。相手の行動を直前に予知できてしまうので、容易に対応できてしまいます。また、自分の体が一瞬勝手に動き、無意識的に勝ってしまったこともあります。同じ動きをもう一度やろうと思っても再現できないくらい、自分の意思ではない動きでした。信じられないかもしれませんが、これが本当なのです。

私の剣道仲間には、「相手の動きが手に取るように分かった」「相手の右腕が光って見えたことがある」「相手の動きがコマ送りのように見えた」と言っている人もいます。きっと多くの剣道家が、ゾーンに入ったと言える感覚を体験しているでしょう。

勝てないときに体験するゾーン

ゾーンに入っている状態と言うと、一般的には良い結果に結びついたときのことを指すのだと思います。しかし、剣道で不思議な感覚を体験するのは、勝つときばかりではありません。剣道では自分が相手に打たれてしまうときにも、不思議な感覚を体験することがあります。自分より実力や経験のある剣道家と対峙すると、相手の手のひらの上で踊らされているような、もしくは相手に魔法をかけられているような不思議な感覚を体験することがあるのです。

対戦中に相手と対峙していると、「今ここで相手を打ちに行ったら、カウンターパンチの要領で逆に相手に打たれてしまう」と察知できることがあります。察知できること自体も不思議なのですが、問題はその後です。察知できた時点で、相手を打ちに行かずにとどまれば良いはずなのに、体が言うことを聞いてくれないことがあります。相手にカウンターパンチの要領で打たれてしまうことが察知できていながら、相手を打ちに行ってしまうのです。このようなとき、私は心の中で「今行っちゃダメー!」と叫んでいます。心の中で叫んでしまうくらい、自分の意思ではない何かに体を動かされている感覚です。そして、結果は察知した通り。相手に打たれて負けてしまいます。

動いてはいけないと分かっていても、何かによって動くようコントロールされてしまう。また、ただちに動かなければ打たれてしまうと分かっていながら、体が硬直して身動きがとれない。打たれてしまうときであっても、相手の竹刀がコマ送りのようなスピードで自分に向かってくる。こうした不思議な感覚は、ほとんどの剣道家が体験していると言っても過言ではないでしょう。

やり直せないから集中力が高まる

このように、剣道ではしばしば不思議な感覚を体験します。剣道は竹刀の動きが速く、勝敗が決まるときは一瞬の出来事です。スピードが速いうえ、相手との距離が接近していることも相まって、勝負中は集中力が非常に高まります。環境として、ゾーンに入る条件が揃いやすいのかもしれません。

もともと剣道は、刀を持った者同士の斬り合いが源流です。刀を持った者同士が斬り合えば、それは命懸けの勝負。やり直しがききません。ここで皆さんも、刀を持った斬り合いを想像してみてください。目の前に刀を持った相手が立っています。その相手がいつ、どのタイミングで、どのように斬りかかってくるかは分かりません。そして、自分の背後は断崖絶壁。退路は絶たれています。選択肢は応戦するのみです。相手の刃を浴びてしまえば、すべてがそこで終わってしまいます…。どうでしょう。シチュエーションをイメージするだけでも、集中力が高まるのではないでしょうか。

剣道の勝負も同じ。やり直しがきかないと意識するからこそ、ゾーンに入るなど不思議な感覚を体験する。そんな剣道家が多いのだと、私は考えています。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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