アメリカン・フットボール(以下、アメフト)の関係者とファンは、2023年が明けてすぐに頭から冷水を浴びせかけられたような気持ちを味わった。1月2日の夜(日本時間3日)、全米プロリーグ(NFL)屈指の好カードであるバッファロー・ビルズ対シンシナティ・ベンガルズ戦が開始してまもなく、ビルズのダマー・ハムリン選手が衝突プレイの後でフィールドに倒れて意識を失い、心肺停止となったのだ。ハムリン選手はフィールド上で約10分間の人工呼吸を受けた後、フィールドに乗り入れた救急車で病院に緊急搬送された。残された選手たちは大きなショックを受け、試合はそのまま中止となった。

幸いなことに、ハムリン選手は生命をとりとめた。数日後には意識も戻り、チームメイトとオンラインで会話ができるまでに回復したと報じられている。しかし、最悪の事態こそ辛うじて免れたものの、アメフトというスポーツがいかに生命の危険と隣り合わせであるか、あらためて思い知らされた出来事だった。

そのわずか数か月前、2022年10月15日にはマイアミ・ドルフィンズの人気クォーターバック(QB)、トゥア・タゴヴァイロア選手がタックルを受けた際に頭部を地面に強打し、救急病院に運ばれるという事故が起きたばかりである。しかも、その2つの事故は同じシンシナティのフィールドで起こり、両選手が搬送されたのも同じ救急病院だった。

深刻な脳へのダメージをもたらす激しいコンタクト

アメフトの危険性は、こうした試合中に起きる突発的な事故だけに限らない。むしろ日常的に蓄積されるダメージの方が、より深刻な問題だとする認識が近年広がっている。アメフトでは練習でも試合でも、ヘルメットとプロテクターを着用している。とはいえ、頭部同士がぶつかり合うような激しいコンタクトを繰り返す。そのことが、選手の脳に大きな影響を与えることが明らかになっていきているからだ。例えば2015年に公開された映画『コンカッション』(原題:Concussion)は、アメフトの選手たちが引退後も脳しんとうのダメージに苦しむケースが多いことを訴えた、医師の実話に基づくドキュメンタリーである。

そして2022年12月、ハーバード医学大学の研究者らがショッキングな論文(*1)を発表した。これによれば、元アメフト選手は一般人グループと比較して加齢のスピードがより速く、若年性認知症を発症する割合がより多いということである。

*1. Healthspan and chronic disease burden among young adult and middle-aged male former American-style professional football players.

研究者らは述べ2,864人、25歳から59歳までの元NFL選手たちを対象とした聞き取り調査を行い、その結果を同年代の一般人グループと比較した。すると、元NFL選手たちはどの年代においても、認知症やアルツハイマー病と診断される割合が一般人より高くなることが分かったという。さらに25~29歳までの若い世代で、元NFL選手たちは高血圧や糖尿病と診断されることがより多かった。

元NFL選手たちは若いうちから慢性疾患に悩むことが多く、健康寿命が一般人より短くなりやすいと、研究者らは結論で述べている。これは、スポーツ経験が健康に良い効果をもたらし長生きにつながるという、一般的なイメージに真っ向から反するものだ。

アメリカ国内では、観るスポーツとしてアメフトの人気は依然として絶大である。しかし、ここ近年は若年層の競技人口が減少し続けているそうだ。脳しんとうについての認識が広まり、子どもをこのスポーツから遠ざけたがる保護者が増えているためと思われる。

ここで取り上げた研究では、アメフト選手が対象になっていす。しかし、格闘技やラグビー、あるいはサッカーのヘディングなど、頭部に衝撃を受けることがある他のスポーツにおいても同様の注意が必要ではないだろうか。なぜなら脳しんとうのダメージは、はっきりと目に見えないことが多いからである。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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