運動と健康や寿命との関係については、さまざまに論じられている。これについて2018年、米国の保健福祉省が「アメリカ人のための身体的活動ガイドライン」と題した文書(*1)を発表した。

*1. Physical Activity Guidelines for Americans

そこで提唱されたのは、成人は最低でも「週に合計で150~300分間の穏やかな身体的活動」を行うこと。あるいは「週に合計で75~150分間の高負荷の有酸素運動」、もしくは「それに準ずる時間の穏やかなレベルから高負荷の有酸素運動を組み合わせ」を週4~5回に分けて行うことが望ましいというものだ。

ここで言う“穏やかな身体的活動”とは例えば歩くことであり、“高負荷の有酸素運動”とはジョグやサイクリングなどを指す。きわめて単純化するなら、前者は30分間以上歩く日を週5日以上持つこと、後者は30分間以上のジョグを週3回以上行うことである。

これは、さほど高いハードルだとは思えない。駅から職場まで徒歩15分の場所に住めば、歩く時間は往復で30分間になる。つまり、週5日の通勤や通学をするだけで、ガイドラインの最低要件を満たしてしまう。同省は、それが健康に長生きするための必要な運動量だと定義し、かつ現代のアメリカは人口の実に約80%がその最低要件を満たしていないと警鐘を鳴らした。アメリカでは肥満人口の増大に伴う医療保険費用の高騰が社会問題になっているが、このことも不思議ではないと思える数字だ。

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10万人以上を対象にした30年間の追跡調査が明らかにした意外な事実

この米国保健福祉省が提唱したガイドラインを、現実のデータで検証することを試みた研究(*2)が2022年7月に発表された。研究を主導したのは、ハーバード公衆衛生大学院のDong Hoon Lee氏を含む研究者グループである。

*2. Long-Term Leisure-Time Physical Activity Intensity and All-Cause and Cause-Specific Mortality: A Prospective Cohort of US Adults.

Lee氏らは116,221人の成人データを解析。過去30年間(1988~2018)に及ぶ期間に、研究対象者らが行ったレジャーを含む身体的活動量を追跡調査したものだ。対象者の63%が女性であり、96%以上が白人成人であったということで、その社会的属性にはやや偏りが見られる。調査期間中の平均年齢は66歳で、平均BMIは26(やや肥満傾向)だった。

研究結果はガイドラインをある意味では肯定し、ある意味では否定するものだった。まず、ガイドラインで提唱された範囲の身体的活動を行った層は、それ以下の身体的活動を行った層に比べて、すべての要因による死亡率が20%程度低くなったことが分かった。ガイドラインで提唱された範囲の身体的活動は、確かに人々の健康に良い影響を与えるようである。

ところが、別の興味深い事実も浮き彫りになった。ガイドラインで提唱された身体的活動量の2~4倍以上を行った層は、すべての要因による死亡率がさらに低くなったというのだ。予想された通り、適度な運動は死亡率を下げる。そして、適度以上の運動はさらにその効果を高めるらしいのである。

月間走行距離300キロは健康に良いか悪いか

マラソンやウルトラマラソン、トライアスロンなどの耐久系スポーツに取り組む人々にとって、さらに朗報がある。この研究結果では、ガイドラインで提唱された身体的活動量の2~4倍以上を行う層に、心臓や血管の健康に悪影響がより多く生じる傾向は特に認められなかったということだ。以前から長時間の有酸素運動には、心筋梗塞などのリスクを増大させる懸念があるとされてきた。しかし、論文著者らはそれを否定する可能性を示唆している。

よくフルマラソンに向けたトレーニング期間に、月間走行距離300kmという数字を挙げるランナーや指導者がいる。週に分けると75km、6分/kmのペースで計算すると週に450分間の「高負荷の有酸素運動」ということになり、確かにガイドラインで言うところの適度な有酸素運動量の上限である週300分間の1.5倍になってしまう。やはり、ここまでいくと健康に良いという適度なレベルでは収まらなくなるようだ。しかし、それでも心血管系の疾病リスクを高めるわけではないということは、安心材料の一つになるだろう。

運動のやり過ぎは健康に悪いかもと、過度に心配する必要はどうやらないようである。ただし、運動をやればやるほど良いという訳でもないようだ。上の研究で用いられた「ガイドラインで提唱された身体的活動量の2~4倍」までなら死亡率は低下するが、そのラインまでをも越える運動を行うと、死亡率の低下傾向は頭打ちになるということも分かった。つまり、高負荷の有酸素運動を週に600分以上行うような生活を送ったとしても、健康に害は生じないにしろ、それが長生きに繋がるとは限らないということのようだ。

ちなみに筆者も、それをはるかに越える運動を行っている。いわゆる「トレーニングおたく」の一人と言えるだろう。はたして、長生きすることができるか…は、何10年後かの結果を待つしかない。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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