東京2020オリンピックでは、ジェンダー問題が取り上げられる場面が多く見られた。このような働きは、性差の違いによって必要なサポートなどの認識が深まることが期待できるだろう。その中で「生理と女性アスリート」は、早急に現場でも対応やサポートを必要としている。

しかし、実際に「何が」大変で、どんなサポートを必要としているのかは見えにくく、個人の対応に任せきりなことが多いように思う。もちろん個人でも対応するべきだが、周囲の対応は選手のパフォーマンスづくりに大きな影響を与えるもの。また、フィジカルだけでなくメンタルへの影響も大きいため、個人だけに任せるのはとても危険である。

私はプロ格闘技選手として、約8kg前後の減量を繰り返したことをきっかけに月経で悩んできた。また、現場の選手たちから聞かれる声、そして「生理」に関する書籍の企画編集を担当した経験をもとに、ここで「生理と女性アスリート」をテーマに取り上げる。選手はもちろん、競技関係者やご家族の方など多くの方にぜひ一読いただきたい。

目次

引退しても症状は改善されなかった

女性アスリート特有の悩みに「生理」があげられる。私自身、シュートボクシングという格闘技の選手になってから、生理の症状には大変悩んだ。毎月訪れる症状に苦しみながらも、「今は勝つためにやっている。引退をすれば体は元に戻るから。」と思って練習に取り組んでいたのだ。

しかし引退して5年ほど経つが、今でも月経の症状(月経困難症)とPMS(月経前症候群Premenstual Syndromeの略)には悩まされている。激しい下腹部の痛み、頭痛、腰痛、体のむくみ、鉛のように身体が重くなる倦怠感、感情の起伏が激しくなるなど。日常(生理ではないとき)とは別人のようになってしまう。病院で検査をしてもらったこともあるが、特段大きな原因は見つからなかった。

知人からアスリートを多く診ている柔道整復師を紹介してもらい、その方に診ていただいた際、言われたのは次のような言葉だった。

「内臓に相当負担がかかっていましたね。腎臓の働きが少し鈍い。アスリートはただでさえ体に大きな負担をかけていますし、その負担は内臓の疲弊にもつながっています。引退して元に戻るかと言えば、簡単には戻りません。消耗した部分は時間をかけてケアをしながら、治していくしかありません。」

この言葉には衝撃を受けた。確かに現役のときは2〜3ヶ月ごとに試合があり、810kgの減量をしていた。また、練習も激しいものだったから、相当の負担が体にかかっているのは承知している。しかし、引退をすれば減量も激しい練習もなくなるので、元に戻るもの、今だけの辛抱だと思っていたのだ。

このことを知り、私は多くのアスリートや指導者、関係者に、この事実を知ってもらいたいと切に考えている。現役中に抱えている心身の症状は、引退しても抱えながら生きていくことになる。決して、引退すれば元に戻るわけではない。

リスクを知り、軽減する方法を知る

生理に関する悩みや症状は人によって異なる。原因や対処方法もそれぞれであり、選手や指導者、関係者がその要因を探り、知る必要があるだろう。私も悩みを抱えていたとき、症状をそのままにしていたわけではない。生理が止まってしまい産婦人科にかかったとき、医師からは無排卵月経と言われ、「競技をやっている限り、治らないね。」と排卵を促す飲み薬を処方された。当時は「不安を抱えながら競技を続けていくしかないのか……」と途方にくれたが、競技をやめる選択肢はなかった。

今は、女性スポーツ外来のような専門外来もある。もし症状や悩みや不安を抱えている人がいたら、専門医に相談するのが良いだろう。近くの産婦人科やかかりつけの医院でも良いとは思うが、スポーツ選手を多く診ている専門の方が、生理周期の変動やそれに見合ったトレーニング内容なども相談にのってくれるはずだ。

プロになったばかりの頃を振り返れば、私は体づくりのための知識も経験値もなかった。そのため、かなり偏った食事をしていた。減量幅があったので、例えば「体重を落とせば良い」と考えたとき、甘いものが食べたくなれば昼食にケーキひとつで過ごすなど、大変危険で無知な選択をしていたのだ。

しかし、このようなことでは体もメンタルも持たない。パフォーマンも低下し、心身ともにどん底だったときに、改めて食事や睡眠などの生活習慣を見直し改善をはかった。その内容は、例えば以下のようなものである。

<食事>

  • 基礎代謝を含む1日の総エネルギー消費量を知る
  • 総エネルギー消費量に見合った食事をとる
  • お米を中心とした一汁一菜の和食を基本とする

生理に関する症状が出る原因の一つとして、摂取エネルギー量が足りていないこともあげられる。そのため、バランスの良い食事内容を心がけ、減量や試合まで計画的なメニューを作り直した。

<睡眠>

  • 練習などで消耗した心身を回復するために十分な睡眠をとる
  • 早寝早起きの規則正しい生活習慣を心がける

睡眠をしっかりとり、普段から疲労を早く回復させることを重視した。

このような改善を試みても、症状がすぐに軽減されるわけではない。しかし、症状は心身に負担がかかっているサインでもある。例えば生理がツライのであれば、日常生活で改善できる点があるはずだ。生理の改善点を見直すことは生理だけではなく、その人の心身そのものの調子を整え、なおかつパフォーマンス向上にもつながっていく。

選手と指導者の信頼関係を作ること

私が早急に必要と考えていることは、選手が「生理の不調を訴えられる環境」を作ることである。不調を抱えたまま練習することは集中力の欠如や怪我にもつながるし、質の良い練習ができているとは思えない。生理は女性の身体にとって大切な役割を果たしている。このことを理解し、気兼ねなく悩みや症状を話せることが何よりも重要だろう。

幸いなことに私の指導者であるタイ人のトレーナーは、月経周期による身体の変化を理解してくれていた。その点に関して私自身とても安心できていたし、毎月心苦しい思いをせず彼に話をすることができた。普段はとても厳しいトレーナーだったが、このような環境を作ってくれていたことで、良い信頼関係で試合に臨むことができていた。

選手と指導者がすぐに取り組めることとしては、まず指導者が選手の訴えに耳を傾けること。そして、それを踏まえて互いに目標を確認し、その目標に向けたベストだと思える練習環境を作ることだ。信頼関係と環境があれば、たとえ生理で悩む期間があっても、試合や勝負をするときに腹を決めて挑戦するエネルギーが蓄えられていくはずである。

[著者プロフィール]

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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By New Road 編集部

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