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NFL最高峰クォーターバックの経歴に考える「若い頃は複数スポーツに取り組むべきか」のヒント

日本におけるスポーツへの取り組み方によく見られるのが、幼い頃から特定の種目に絞り込むというもの。確かに1つの競技に集中する時間が増えれば、その分だけ技術習得を含めた上達スピードは速いかもしれない。しかし一方、これには弊害もあると考えられ、米国ではむしろ色んなスポーツを掛け持つことが一般的だ。

では実際のところ、どちらが好ましいのか。正解を提示することは難しいが、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)最高峰のクォーターバックであるトム・ブレイディとパトリック・マホームズを例に見ると、そのヒントが見つかるかもしれない。この点について、高校野球部で指導に当たっている筆者の視点も交えながら、ここで詳しく考察したい。

歴史的なQB対決で相まみえた新旧スーパースター

よく知られているように、米国でもっとも人気があるスポーツとは言えばアメフトだ。そしてNFLにおける最大のイベント、つまり全米最大のスポーツイベントでもあるのが、同リーグの全米No.1を決めるスーパーボウルである。2021年のスーパーボウルは、NFL史上最高のQB(クォーターバック)と呼び名の高いトム・ブレイディと現在のNFLで最高のQBと評価されるパトリック・マホームズの直接対決が実現。このことで、さらに大きな話題を呼んだ。

当時ブレイディは43歳、マホームズは25歳。まさに新旧世代を代表するスーパースターが激突したわけだが、実はこの2人にはある共通点がある。それは、2人とも高校まではアメフトと野球を掛け持ちし、高校卒業時にはMLB(メジャーリーグベースボール)からドラフト指名も受けていたということである。ブレイディは1995年、MLBドラフトでモントリオール・エキスポスから18巡目(全体507位)で指名された。これに対してマホームズは、2014年にデトロイト・タイガースから37巡目で指名されているのだ。しかし多くのファンにとって喜ぶべきことに、彼らは2人ともメジャーリーグに挑戦する道を選ばなかった。大学アメフト、そしてNFLへと進んだのである。

この2人のように、NFLのスター選手には高校時代にアメフト以外のスポーツでも優れた才能を発揮していた例は数多い。むしろ、アメフトしかやっていなかった選手の方が例外的だろう。古くはNFLMLBの両方で活躍したボー・ジャクソンやディオン・サンダースという選手もいたし、現役選手ならMLBNFLの両方からドラフト1巡目指名を受けたカイラー・マーレイというQBもいる。

複数スポーツを可能にするシーズン制の部活動

高校で複数のスポーツを行うのは、何もこうした超一流のプロアスリートだけに限った話ではない。米国では子供の頃からなるべく多くのスポーツを経験し、高校生になっても複数のスポーツを行うことが推奨されているからだ。筆者が指導している高校野球部でも、部員の約半分以上が他のスポーツと掛け持ちしている。

複数スポーツを可能にしているのは、米国のスポーツ部活動はシーズンごとに行われているという制度上の側面が大きい。例えばアメフトは主に秋に行われるし、野球は春から夏にかけて行われる。アメフトのシーズンが終了してから、次のシーズンでは野球部に参加するということが可能なのだ。シーズンがかち合わない限り、それはどのようなスポーツの組み合わせでも同様である。

もちろん、誰もが万能型アスリートの才能に恵まれているわけではない。複数のスポーツでレギュラーポジションを獲得できる生徒の数は限られている。そのため学年が進むにつれ、1つのスポーツを選ぶ生徒の割合が増えてくる。

早期専門化の弊害と現実

ある特定のスポーツに偏らず複数のスポーツを経験することが、若いアスリートの基礎的な運動能力を高めることはほぼ常識と言ってよい。さらには、1つのスポーツだけに集中することで燃え尽き症候群に陥る例や、特定個所の使い過ぎによる怪我のリスクが高まることも、多くの研究が示唆している。せめて高校までは、複数のスポーツを行うことが理想なのだろう。しかし最近では、米国でも幼い頃から1つのスポーツに集中する子供が増えていることが問題になっている。

スポーツ論、あるいは教育論で「Early Sport SpecializationESS)」という言葉がよく使われる。これは、スポーツの早期専門化と訳してよいだろう。一般的には中学生以下の子供が1つのスポーツだけを行い、他のスポーツや自由な遊びをしなくなっている現象のことを指す。誰もが早期専門化に弊害があることを分かっていても、実際にはあるスポーツを幼い頃から習った方が技術的に上手くなるという現実が、こうした風潮を後押ししてしまっているのだ。

米国でさえと言えば語弊があるかもしれないが、特に日本では「○○一筋」という言葉がもてはやされ、一つのことに打ち込むことを良いとする土壌がある。しかし若年者のスポーツにおいては、その価値観が燃え尽き現象やスポーツ障害など、弊害も生み出していることは否定できないだろう。上に挙げたブレイディとマホームズの例は、複数スポーツを行うことのメリットを多くの人が見直すきっかけになるかもしれない。例えば高校までの部活動について、シーズン制にするような制度上の改革も検討されるとよいのではないだろうか。

 

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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