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池江璃花子が五輪内定 白血病から競技に復帰したアスリート 野球やサッカーにも

◆白血病診断から2年で五輪切符

競泳の池江璃花子が、東京五輪代表選考会を兼ねた日本選手権の女子100mバタフライで優勝した。タイムは57秒77で、日本水泳連盟が定める五輪派遣標準記録の57秒10には届かなかったが、400mメドレーリレーの派遣標準記録57秒92を上回り、リレーのメンバーとして五輪代表が内定した。

 

東京五輪の金メダル候補だった池江の状況が一変したのは2019年の2月だった。白血病を公表し、水泳を続けることさえ難しいと思われた。しかし、抗がん剤治療やリハビリを経て、昨年3月に競技へ復帰。闘病生活で筋肉が落ち、体重は15キロ減った。池江自身も目標を2024年のパリ大会に定めていただけに「本当に優勝は狙っていなかった」と驚く泳ぎだった。

 

◆Jリーガーやプロ野球選手にも

池江のように白血病と診断されながら競技に復帰したアスリートは、水泳以外にもいる。サッカーJ2アルビレックス新潟に所属するDF早川史哉は2016年5月に急性白血病が明らかになった。開幕戦にフル出場し、プロ1年目のシーズンをスタートしたばかりだった。

 

秋に骨髄移植を受けて、2017年6月に退院。リハビリを経て2018年に練習を開始し、2019年にピッチに戻ってきた。昨シーズンは30試合に出場している。今シーズンも、きのうの相模原戦にフル出場するなど5試合でプレー。5勝1分けでJ2首位を走るチームに貢献している。池江が白血病を公表した際には自身のツイッターで「池江選手のペースでじっくりと前に向かって進んでほしいです。彼女の戦いに大きな優しさと温かさをもって寄り添ってください」とコメントしている。

 

プロ野球界では、投手としてオリックスと日本ハムでプレーした岩下修一氏が白血病を克服した。三菱自動車岡崎からオリックスに入団した岩下氏はプロ1年目の2000年、主に左のワンポイントとして44試合に登板し、1勝0敗、防御率3.86の成績を残した。さらなる活躍が期待された翌年の7月、白血病と診断され、4カ月間の抗がん剤治療を受けた。2002年3月、約11カ月ぶりに公式戦のマウンドに立ち、復活を遂げた。その後も、2006年まで中継ぎでプレーし、引退後は日本ハムで打撃投手となった。

 

ラグビートップリーグのNTTコミュニケーションズに所属するSOクリスチャン・リアリーファノは、2016年に白血病と診断され、妹から骨髄移植を受けた。約1年後、競技に戻ると、オーストラリア代表にも復帰するほどの活躍でファンを驚かせた。昨年末には池江と対談し「毎日、小さなゴールを設定して頑張った。病気になる前よりも自分を信じることで、もっともっと上のレベルに戻ることができると思ってやり抜いた」と語っている。