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大谷翔平は直前で回避 変革で勝ち取った年俸調停の歴史と仕組み

◆大谷は直前で年俸調停回避

投手と野手の二刀流で完全復活を目指すエンゼルスの大谷翔平は、メジャー4年目のスタートを切っている。無事にキャンプインすることができたが、オフは今シーズンの契約合意に時間がかかった。大谷側希望額と球団側の提示額に開きがあり、年俸調停になるとみられていたが、調停委員会の公聴会10日前に2年850万ドル(約8億9250万円)で合意した。

 

メジャーでは毎年、オフになると年俸調停が話題となる。その仕組みは、権利を持つ選手と所属球団がそれぞれ年俸の希望額を伝え、調停委員会の判断と決定を仰ぐ。調停の権利は、基本的に出場登録の期間が3年以上6年未満の選手に与えられる。今シーズンがメジャー4年目となる大谷は、オフに初めて権利を手にした。

 

アメリカメディアによると、大谷側の希望額は330万ドル(約3億4650万円)だった。一方、エンゼルス側は250万ドル(約2億6250万円)を提示し、両者に80万ドル(約8400万円)の開きがあった。もし公聴会が開かれれば、互いに金額の根拠などを主張し、労働法を専門とする弁護士3人の第三者によって大谷側かエンゼルス側の希望額のいずれかが採用された。折衷案はなく、年俸は必ずどちらかの要求額に決定する。

 

◆田沢は2度申請も調停回避

日本人メジャーリーガーで過去に、調停の申請をした選手もいる。最近では2015年のシーズンオフ、当時レッドソックスに所属していた田沢純一が申請した。ただ、球団側が田沢側の希望額に歩み寄り、年俸調停となる前に両者で折り合いをつけた。

 

田沢は前年にも調停の申請をしたが、公聴会前にレッドソックスと契約合意し、調停を回避している。メジャーでは毎年100人ほどが申請をしているものの、調停前に合意するケースがほとんどだ。現地メディアは「二刀流」の前例がないため、大谷の契約は難航したと指摘している。

 

◆“言いなり”労組を「史上最強」に変革

選手側が球団と対等に交渉できるメジャーリーグ。選手会は「アメリカ史上最強の労働組合」とも評されるが、かつては圧倒的に立場が弱かった。それを変革したのは、2012年に95歳で死去した元選手会専務理事のマービン・ミラー氏だった。

 

◆敏腕会長が年金やFAも制度化

全米鉄鋼労連弁護士として手腕を発揮していたミラー氏は、1966年に選手会からオファーを受けて選手会長に就任。年金・保険の新しい給付制度や団体労働協約を定め、1970年に年俸調停制度をつくった。これにより、球団側の提示額で契約せざるを得なかったメジャーリーガーの平均年俸は大幅に上がった。

 

1975年に獲得したFA(フリー・エージェント)もミラー氏が尽力して勝ち取った権利だ。時にはストライキを実施するなどして、選手側の合意に基づいた労働条件が決定されることとなった。