どのような種類のスポーツであれ、指導者の重要な役割の一つはアスリートに練習方法を伝え、その練習に取り組むためのモチベーションを与えることだ。そして、そこでは「反復」がキーワードになる。どのように優れた練習方法であっても、1回だけで大きな効果が上がることはあり得ないからだ。

スウェーデンの心理学者アンダース・エリクソン氏はパフォーマンスを最大化するための方法として、「指導者によって個別に設計された練習を繰り返し、継続的な改善を行うこと」であるとし、それを“Deliberate Practice”(熟考された練習)と定義した。しかし、平凡なアスリートがどれだけ練習を重ねても凌駕できないほど、巨大な才能を持って生まれた非凡なアスリートは厳然として存在する。そのもっとも分かりやすい例が、短距離スプリンターだろう。

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トップレベルの短距離スプリンターは子どもの頃からかけっこが速かった

短距離走で優れた成績を残すためには、努力や工夫より生まれつきの才能が占める割合が圧倒的に大きい。そんな身も蓋もないとも思われる結論を導いた研究(*1)がある。

*1. You can’t teach speed: sprinters falsify the deliberate practice model of expertise

オリンピックなどの国際大会で活躍するレベルのランナーたち数十人の成長記録を調べると、全員が子どもの頃からクラスで一番足が速かった。高校1年生で最初に走った短距離走のタイム(つまり、本格的な短距離走のトレーニングを始める前か始めてすぐの頃)も、95~99%のランナーより速かったというデータが紹介されている。世界トップレベルの短距離スプリンターはトレーニングを開始する前から例外的な存在であり、ほとんど全員がトレーニング開始後の短期間(平均して3年~7年半)で世界クラスのステータスに到達したとのことだ。

論文著者らは、短距離走のパフォーマンスに関して“Deliberate Practice”モデルは否定されるとした。また、スピードが多くのスポーツで重要な基礎能力である以上、スポーツ全体においてもその概念は再考慮されるべきだとしている。

確かに、そうだろうと頷けることは多い。例えば、子どもの頃に補欠選手だったプロ野球選手はいるかもしれない。しかし、オリンピックの100m走決勝でスタートラインに並んだ中に、「子どもの頃は足が遅かった」という選手は一人もいないのではないだろうか。それでも、論文タイトルの『You can’t teach speed』(スピードを教えることはできない)という部分については、指導者の一人としていささか異論がある。

誰でも速いランナーになれるわけではないが、誰でも今より速く走れるようにはなる

筆者は高校野球チームのコーチをしているが、実のところ野球経験はあまりない。ストレングス&コンディショニングの指導が、チーム内での主な担当分野だ。当然、選手たちの短距離走を速くさせることは重要な役割である。

野球のベース間距離はわずかに27.4m。ランニングホームランを打ってダイヤモンドを1周しても、77.6mしか走らない。だからこそ、0.1秒の違いでアウトがセーフになることがあるし、その逆もあり得る。

入学時には足が速い選手も遅い選手もいる。彼らの瞬発力を向上させるメニューを組んでランニングフォームを改善し、そして短距離ダッシュを何回も繰り返させるうちに、誰もが以前よりは速く走れるようになる。

遺伝子によって、その人間が到達できる最大スピードはあらかじめ決まっているのだろう。凡人がいくら努力しても、短距離スプリンターの才能を持って生まれてきたランナーより速くはなれないかもしれない。それでも、現在の自分より速く走れるようになるための練習方法はある。それが、筆者の経験に基づいた信念だ。

そして、それはなにも高校生に限った話ではない。40代でも50代でも足を速くすることはできる。ただ、若い頃より成長曲線が緩やかになるだけだ。個人的な経験でもあるし、恐らく同じように感じている人もいるはずだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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