今日はパデル選手という立場ではなく、パデルコーチとして日々感じていることをお伝えします。競技やレベルは違えど、「教える・教わる」「上達する・しない」という状況に当てはまるかと思うので、スポーツ指導の現場に出ているコーチやスポーツを習っている方の参考になれば幸いです。

目次

ノセボ効果とプラセボ効果

プラセボ効果という言葉を聞いたことがある方は少なくないでしょう。それでは、ノセボ効果という言葉をご存知でしょうか。プラセボ効果とは逆の現象が起こる状態のことがノセボ効果です。プラセボ効果とノセボ効果をそれぞれ簡単にご説明すると、以下のようになります。

プラセボ効果

本当は有効成分が含まれていない薬なのに、医師などから「これはとても良く効く薬だ」と言われた後に症状の改善が見られる現象のこと。なぜこの現象が起こるのかは解明されていませんが、「薬を飲めば良くなる」という思い込みや安心感により、自然治癒力などが引き出されるためと言われています。

ノセボ効果

プラセボ効果と逆で、医師などから渡された薬に副作用がある可能性を説明された後に、それが偽薬にもかかわらずその言葉に過剰に反応して副作用の症状が現れる効果のこと。一言で言うなら、プラセボ効果は「信じる者は救われる」で、ノセボ効果は「病は気から」です。

自責と他責

私は20・30代の頃、テニスコーチをしていました。若い頃は指導していたジュニアや生徒さんがなかなか上達しないとき、「私の言うことを聞かないからだ」と他責で考える傾向がありました。今思えば、とんでもなく尊大な考えだったとお恥ずかしい限りですが、当時はこのように考えていたのです。

20代後半からテニスを学ぶようになり、40代から競技がパデルへと変わりましたが、学ぶ姿勢は失っていません。当然ながら、学ぶのはテニス(やパデル)だけでは不十分。指導者であれば、コーチングやメンタルに関する分野も学ばなければなりません。学べば学ぶほど「自分はこんなことも知らなかったのか」ということの連続で、未だにそう思うことは多々あります。

このようにさまざまなことを学んでいくうち、テニスというスポーツの基本も知らないし、コーチとしての原理原則も知らないのだから、(私が教えている)生徒さんが上手くならないのは当然だと自責で考えるようになりました。実際には上達しない原因は多様なため、自責他責どちらが良い悪いとは一概には言えません。しかし、自責寄りで捉えていたほうが、指導者として学び続けるための意欲が途切れないのでおすすめです。

コートでも起こっているノセボ効果

 

ノセボ効果に関する、面白い話があります。 ある国の学者が、強烈な腰痛に悩んでいました。 本人曰く「ただの腰痛ではないから、その辺の医者にこの腰痛が治せるはずがない」と思っていたそうで、実際にどの医者も彼の腰痛を治すことはできませんでした。このひどい腰痛を治せるすごい医者は、どこかにいないものだろうか。そう必死になって世界中を探し回り、苦労の末、ついに彼は理想の医者を見つけました。その医者は、アマゾンに住む少数民族の呪術師。「この人なら私の腰痛を治してくれるに違いない」と考え、学者はアマゾンまで行って、その呪術師の施術(というよりおまじない)を受けます。呪術師曰く「この腰痛は悪魔によって引き起こされている。今からその悪魔を退治する。そうすれば二度と腰痛に悩まされることはない」そうで、おまじない後に学者の腰痛は見事に治ったそうです。

この話で私が興味深いと思うのは、「学者が自分の腰痛が特別なものだと考え、その辺の医者には治せないと思い込み、そのため本当にその辺の医者には治すことができなかった」という点です。 どんなに科学的に正しい治療だとしても、本人が治らないと信じていたら治らないことがある。逆に、どんなに科学的に間違った治療でも、その人が信じていると治ってしまうこともあるということです。 「病は気から」とも言えるし、「治療も気から」とも言える。「信じる者は救われる」とも言えるし、「信じない者は救われない」とも言える。

昔この話を読んだとき、コートでも同じことが起こっていると感じました。 選手や生徒さんが学者で、コーチを医者や呪術師に置き換えてもこの話は成立します。この話はコーチと生徒という関係性においても、とても示唆に富んだ話だと思います。生徒側でまず必要なことは、ノセボ効果が起こってしまうような考え方をしていないか自問自答すること。 そして、プラセボ効果を期待できるからといって、闇雲に「私は(どんなコーチに習っても)上手くなる」と考えないこと。 一時的には効果があるでしょうが、「偽薬」よりは「実薬」を飲み続けたほうが効果は高く、またその効果が持続することは言うまでもありません。

一方、コーチ側も「偽薬」で騙すのではなく「実薬」を常備しておく。 「その辺の医者」でもなく、「アマゾンの呪術師」でもなく、「信頼できる都内の医者」と認識してもらえるよう日々努力をしておく。目の前の選手や生徒さんが上達しないのは、(自覚なく)偽薬を渡していたり、コーチとして信頼されていなかったりする可能性があります。指導者として現場に立つ人は「相手に実薬を渡せているか」「相手に信頼されているか」をときどきチェックすると良いのではないでしょうか。

By 庄山 大輔 (しょうやま だいすけ)

2019年にアジア人初となるWORLD PADEL TOUR出場を果たし、2021年現在、45歳にして再度世界に挑戦中。全日本パデル選手権二連覇、アジアカップ初代チャンピオン。国内ではコーチ活動も行なっている。モットーは「温故知新」。

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