最近、ケトジェニック食を導入する、あるいは興味を持つアスリートが増えてきた。糖質摂取を限りなくゼロに近づけ、その代わりに脂質を多く摂取する食事方法のことだ。

体内から糖質が枯渇すると、脂肪がケトン体という物質に変換され、そのケトン体が糖質の代わりにエネルギー源として使われる。体内に貯蔵できる量が限られる糖質に比べて、脂肪はほぼ無尽蔵のエネルギー源である。従って、ケトン体を体内で作りやすい体質に変えることで、耐久系アスリートは栄養補給の量と回数を大幅に減らすことができるわけだ。

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ケトジェニック食を実践するうえでの壁

ケトジェニック食を実践することには、現実的な困難が伴う。なぜなら、流行りの糖質制限食をさらに極端にしたものだからだ。米もパンも麺類も食べない食生活に、精神的なストレスを感じる人は少なくないだろう。日本人にとってのいわゆる「主食」を排除するわけだから、外食の選択肢も非常に狭まるだろう。

そして、ケトジェニック食を導入しても、その効果を実感できるようになるまでには時間がかかる。体質とは、一朝一夕で変わるものではないからだ。ある研究(*1)では、ケトジェニック食が耐久系アスリートのパフォーマンスを向上させるまでに、平均して20か月(9か月から36か月の範囲)の年月が必要だとしている。

*1. Metabolic characteristics of keto-adapted ultra-endurance runners

ケトン体サプリメントとプラシーボをランダムに摂取したタイムトライアルの結果比較

それなら、ケトン体そのものを体外から摂取すれば、食事内容を変えなくてもよいのではないか。そう考えた人がいたらしく、最近はケトン体のサプリメント製品を見かけるようになった。しかし、本来は体内で作られるケトン体をサプリメントというかたちで摂取することは、身体に悪影響は生じないのだろうか。あるいは、アスリートのパフォーマンスを向上させる即効性はあるのか。そんな疑問について調べた研究(*2)が、スポーツ栄養学の学術ウェブサイトで発表された。

*2. Acute Ketone Monoester Supplementation Impairs 20-min Time-Trial Performance in Trained Cyclists: A Randomized, Crossover Trial

この論文を発表したマックマスター大学(カナダ・オンタリオ州)の研究者たちは、1週間に5時間以上のトレーニングを行う23人のサイクリストたちを被験者に選んだ。実験で行うエクササイズに慣れていて、結果を比較するべきパフォーマンスが安定しているためだ。平均年齢31歳、VO2Maxは67とのことなので、かなりレベルの高い耐久系アスリートたちである。

被験者たちは、20分間を全力で固定自転車を漕ぐタイムトライアルを2回行った。1回はケトン体サプリメントが入った飲料を事前に摂取し、もう1回は味を似させたプラシーボ(偽薬)入りの飲料を摂取。双方の先入観を排除するため、飲料が本物のサプリメントかプラシーボであるかは、被験者にも研究者にも分からないようにした。

そして、その結果は驚くべきものだった。サイクリストたちのパフォーマンスは、ケトン体サプリメントを摂取したときの方が、プラシーボを摂取したときよりわずかだが低くなったのだ。論文著者らは、被験者の心拍数が平均値でもピーク時でもケトン体サプリメントを摂取したときに低くなることに着目し、ケトン体サプリメントは運動中の心肺機能にストレスを増やすという仮説を述べている。

もちろん、この研究はサンプル数も範囲も限定されたものだ。そもそも、20分間のタイムトライアルが耐久系アスリートのパフォーマンスを測定するのに、適切であるかどうかも疑問が残るところだろう。サプリメントの種類や摂取量、そして運動の種類とレベルによっては、異なる結果が出る可能性は否定できない。こうしたことから、さらなる研究が必要と言えそうだ。

しかし、ストイックな食事制限をする代わりにサプリメントで手っ取り早い効果を期待すると、思わぬ落とし穴が待っているかもしれないことは覚えておいてもよいだろう。効果がないならまだしも、もしかしたら今回ご紹介した研究結果のように、かえって逆効果を招いている可能性もあるのだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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