以前、走るときに笑顔を作るとランニング・エコノミーが高まるという研究結果をご紹介した。ランナーが笑顔を作ったときのランニング・エコノミーについて、顔をしかめたときと比べると物理的には酸素消費量がより少なくなり、主観的には疲労度がより小さくなるということだ。とはいえ無理やりに笑わなくても、ランナーなら走っていると自然に気分が良くなることは多いだろう。長く走り続け、身体的な疲労がある一定のレベルを越える。すると、不思議とそれまで感じていた疲れや痛みがどこかに行ってしまい、自動パイロットのように足が自然に動き始めることも、何とも言えない幸福感や高揚感に包まれることもある。いわゆる「ランナーズハイ」だ。そこまで行かなくても、日常的に走ることに心理学的なプラス効果があることは、多くの研究で証明されている。

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しかし、それとは逆に、走っていると気持ちが沈んでしまうケースも少なからずある。走ることに限らず、運動は脳内ホルモンの分泌を促して感情を増幅させる。それがポジティブに働くときは良いが、ネガティブに作用することも時にはあるからだ。

特にゆっくりとしたペースで長時間走っていると、さまざまなことが頭に浮かぶ。しかし、残念なことに、思い出とは必ずしも楽しかったことだけではない。悔しかったことや悲しかったことを思い出し、それを頭の中から追いやることができなくなったり、走りながら泣いてしまったりする経験を持つランナーはいるだろう。

不安や心配事などのネガティブな考えを脳から追い払うことができず、繰り返し反芻してしまうことを、心理学用語では「Rumination」と呼ぶ。一般的に運動は「Rumination」を軽減する効果があるとされているが、そうでないケースもある。

運動中の涙は抑えるべきか

それでは、走っている最中にネガティブな感情に襲われて泣きそうになってしまったとき、ランナーはどうすれば良いのだろうか。ぐっと我慢して涙を堪えるべきなのか、それとも感情のおもむくままに大声で泣いた方が良いのか。そんな命題について、真正面から研究したある論文(*1)をご紹介したい。英国ポーツマス大学スポーツ科学部に在籍するクリストファー R.D. ワグスタッフ氏が、2014年8月にスポーツ心理学ジャーナル(Journal of Sport and Exercise Psychology)に発表したものだ。

*1. Emotion Regulation and Sport Performance

研究は実験室内で固定自転車を用いて、20人のアスリートを対象に行われた。10㎞のタイムトライアルの前に、アスリートたちは「心理的な動揺を招く」ビデオを視聴することを求められた。そして、あるグループは感情を表情から隠すことを要求され、別のグループはその指示を受けなかったという。

タイムトライアルの結果、感情を抑えることを要求されたグループは、その指示がなかったグループおよびビデオ視聴をしなかったグループと比較すると、タイムは遅くなり最大出力は低下。また、最大心拍数は少なくなり、主観的な疲労度は大きくなった。この研究結果は、不自然に感情を抑制しようとする努力は、スポーツ・パフォーマンスに悪影響を及ぼす可能性があることを示唆している。

ポジティブな心理状態がポジティブな結果に繋がることが最上であることは、今さら言うまでもないだろう。それと同時に、ネガティブな心理状態にならない人間はいない。走っているうちに泣きたくなることがあっても、あまりそのことを気に病まない方が良いだろう。運動すると脳内ホルモンが分泌されるのはいわば生理現象であるから、自然な感情に任せることをおすすめしたい。特に長時間継続するタイプの運動では、一時的に感情を抑えることができても、その影響から逃れることはできないと思われるからだ。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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